まばたきをする体

運命が肉を買わせようとしてくる

運命が肉を買わせようとしてくる日だった。

生協に加入している。生協は古くからある協同体でその存在は一言では説明できない深いものだと思うのだけど、私はざっくり、毎週注文した食料品を届けてもらう目的で利用している。

主な調達品はミールキット、すでに切ってある肉と野菜と調味料が一体になっているやつ。火を通して味をつければ料理が終わるのがめちゃくちゃに便利でもう半年くらい使っている。

毎週、翌週分をネットから注文するのだけど、おおむねの注文内容はミールキットと牛乳と卵、あとちょっと高いけどおいしいから少しお菓子も頼む(芋ようかんとチーズケーキが特に好きだった)。

肉や野菜はミールキットに入っているから個別で頼むことは一度もなかった。

のだけど、来週分の注文で珍しく頼むことにした。

というのも、クックドゥ的な野菜や肉を炒めたところに使う調味液を大量にもらって、ということは肉や野菜をキットではなく単品で買って用意する必要が発生した。

加入している生協は自然食の好きな母に紹介してもらったところで、全体的にちょっと意識が高く価格も高い。肉の100gの値段も近所のスーパーの1.5倍から2倍くらいはする。

だから、いやあちょっとね、多分買う度胸はない値段だとは思うんだけどね、一応、値段を見るだけ見ておきますかと注文画面の品物カテゴリから「肉」を選んで開いた。

豚肉の小間切れが安い。

えっ、あれ、ここの生協、肉こんな値段だっけ? 思って迷わずカートに入れた。

へえ、こんなに安いなら毎週買えるなあと思ったのが午前の話。

学校が休校で家にいるほぼ寝巻の息子と一緒に、レトルトのソースに炒めた玉ねぎをいれて作ったナポリタンをたぐって午後、生協の、今週分の配達がやってきた。

配達員さんは毎回おなじ、気の良い男性がやってくる。すごく若い。はじめて配達にきてくれたとき、あれ、もしかしたら10代だろうかとも思ったくらいなんだけど、多分配達員さんが若いのではなくて、私が年を取ったということなんだと最近は理解している。

わたしが30代のときに(ずいぶんお若い方だな、10代じゃなかろうか?)と感じたこの感覚が、10歳分上にスライドしたんじゃないかという理論。

私はいま40代なので、(ずいぶんお若い方だな)の感じが、20代になってるんじゃないかという。

とにかく配達員さんはいつものようにサッサッと荷物をとりだし受け渡してくれた。そして、帰り際に言った。

「あ、そうだ。今週豚の小間切れがお安いんですよ。ご注文いかがですか」

配達員さんが商品の営業をすることはこれまでほとんどなかった。

一度だけ、「ほうれん草の引き売りをやってるんですがいかがですか」と言われたことがあって、「引き売りってなんですか?」聞くと、言葉通り、引いて売る、いま持ってきていてそれを売っている、ということで、買ったことがあった。

それで今回も引き売りなのか? と思って聞くと、そうじゃなくて来週の配達分だという。「豚肉がすごくお安いんですよ」

「小間切れ、私さっき、注文しました」
「そうでしたか! こんな値段がつくことないのでみなさんにご案内してるんです」

もうご注文済みなら、そんならよかったですと配達員さんは帰っていった。

……。

つまりこれは状況としてはこういうことだ。

・私は普段は買わない生協の豚肉を注文した
→偶然にもそれは通常にはない破格の値付けであった

・配達員さんは配達先の各戸へ肉の安さを告げて回っている
→もし午前中に注文をしていなければ、これを聞いて私はきっと買ったろう

時空に二重の買ったが発生している。

「偶然、豚の小間切れを買った」これが現実に発生したことだが、もし買わなくても、「知らされて、必然的に豚の小間切れを買う」運命が待っている。

今日の私は偶然にも必然にも、豚の小間切れを買う運命であった。

ここには「もしも」がない。

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