まばたきをする体

ねずみを避けたり首をやる

このあいだ、家にねずみが出た。

古い家に住んで、もう何年もネズミが梁まで侵入しているのは足音で気づいていたのだけど、ハーブの忌避剤を置けばいなくなるから放ったままで、それで先日ついに納戸まできた。

納戸じゅうにフンが散乱し、私なんかは本当にありがたいことに苦労知らずで、生きていたら生きていけたみたいにやってきたからこれにはまったくパニックだ。大騒ぎして忌避剤の煙を炊いて殺鼠剤を撒いてそれから掃除して除菌して、納戸にもぐれば壁に穴が空いている。

ガムテープでふさぎながら、なるほど穴があるからねずみは入ってくるのだなと知った。

そりゃそうだろうということだって、結局、こうして身を持って知らされるまでぼんやり者には分かり得ないことで、でも私には勤勉なところもあるので翌日さっそく、梁まで侵入可能な穴を探した。

すぐにベランダの壁を捜索して、配管を室内に引き込む部分、管の周りに隙間ができていた。これさえふさげば忌避剤の煙を炊いたり殺鼠剤をまいたりせずともよかったんだ。

梁をかけるねずみは何年ものあいだ、多分ここから入ってきたんだろう。管の保護のために巻かれたクッションにかじられた跡があった。

とにかく穴を塞げば良いのだろうが、さて何を使えばいいんだろうか。雨風のある野外の穴だからガムテープじゃだめだろうな、すると木板か、パテのようなものか、思い馳せつつホームセンターへ行って「ゴリラ」を買った。

そういう名前のダクトテープで、工事の圧倒的初心者である私が一番楽に使えそうなものに見えた。

ダクトテープはアメリカでは何でも直す魔法の資材として尊ばれていると、会社で聡明な上司に聞いたことがある。ガムテープじゃだめな場合もダクトテープならいけるだろうみたいな気持ちが、話を聞いて以来私のなかで育ってここまでやってきた。いまこそその、ダクトテープを買うときだと、運命のような、めぐりめぐる邂逅のようなものを感じる。人生はこうしてきらめく。

ゴリラの絵が書いてある。この店で売られている他のどのダクトテープよりも強いんだろうという予感があった。

帰ってべりべりべりっと引っ張り出してみるとテープは布テープよりもずっと分厚く、粘着面にしっかりと張り付く気概を感じそして少し伸縮性がある。ゴリラのことはよく知らないが、なんとなくゴリラ性のようなものは確かに感じた。穴のまわりにしつこく貼った。

以来、今までねずみは来ない。

ただ、いつ何時また、という備えは忘れてはいけないだろう。ねずみの存在をすっかり忘れる、それがすなわち新たなるねずみをよぶことになるのです、ですから、忘れず備えましょう。そういう精神的な、信仰的な理由から、納戸や流しの下などに、ゲル状のねずみの忌避剤は置いたままにした。

それからずいぶん経った。平和だった。ある日、晩に米を炊くが、炊きあがるなりくさい。

「なにこれ、なんか、へんなにおいがする」

しゃもじでほぐして茶碗に分けながら言うと配膳にやってきた息子もかいだ。「え? あ、本当だ、くさいね」炊飯器にかけたのは息子なので心当たりがないか聞くが、いつもどおり普通に炊いただけだという。

お釜からも、盛った茶碗からも、保存用にタッパー的な物に入れたのも全部、なにかこう、洗剤のようなにおいがした。

「昨日米が切れて、さっき新しい米を開けたんだよね」と息子が思い当たって、生米をかいで「あっ、炊いたときは無意識だったらから気づかなかったけど、これ、お米がくさいんだわ」と言った。

……ねずみだ!

あちこちに置いたままにした ねずみの忌避剤は、においでねずみを避けるタイプのもので強くハーブのかおりがする。米は2袋買ってすぐ食べないほうを忌避剤を入れたままの納戸に保管してしまった。忌避剤のにおいが、うつったんだ。

米にはにおいがつきやすい。知っていたような気もするし、元来の無知からずっと知らなかった気もした。ただ現実として、完全にうっかりで米と忌避剤を一緒に保管してしまった。

ご飯を一口食べると、口のなかが全力でねずみを避けた。飲み込めば喉もねずみを避ける。体の中で効きまくっている。ねずみに関しては穴を塞ぐことで最終的に防いだが、忌避剤にもまた強烈なねずみよけの効果があるのだと消化器官からいま感じている。

いたたまれない残念な気持ちながらも、でもへらへら笑って「美食の家じゃなくてよかったねえ、この家の人達だからこれでも食べられるものを」などと私は言って、息子も「まったくだ~」とこたえて食卓についたのだけど、一口、もう一口たべたて「これは……食べられないな……」と判断した。

ねずみを避けるにおいが、口から入って耳と目からもぬけていき、聞こえる音がスースーするし目玉はなぜか冷えた。忌避の威力は脳にまで達する感覚がありこれは危険だと思った。

「……諦めよう」と子らに伝えて、娘も賛成し、息子はいやもう少し食べてみると言うのだけど、まさか健康被害があっても怖い。

炊けたご飯を捨てる、こんなにつらく申し訳ないことはない。手を合わせながらビニールに炊いた米を全部つめ、せめてもの気持ちでさらにビニールを三重にした。

残った生米はどうしたらいいか。検索して対応策を探ると、よく洗う、備長炭と一緒にしばらく保管する、濃い味付けで炊くなどあれこれ対処法が出てきた。試しに洗ってみたが、においは取れない。かなり強くついてしまっているようだった。

諦めることにした。スピリチュアル的な意味合いで置いていた忌避剤で、むしろ信仰の圧倒的対象である米をだめにしてしまうとは生きるのが下手すぎる。

捨てようと思うと子どもたちに発表して、米にはにおいがつく、このことをけっして、けっして一生忘れないようにしよう、このようなことはこれきりだと言い合った。子らは私より余す寿命が長い。今日のこの反省を絶対に後世に伝えてほしい。

息子が米の袋を見て「お米はにおいがつきやすいので一緒に保管するものにお気をつけくださいって書いてある」と言った。私のような者のことを心配して書いてくれただろう人がいて、また申し訳ない。

翌日、とぼとぼ米を買いに出、背負って帰った。早めに学校から戻った息子に晩に備えて炊飯を頼むとパッケージをよく読んで、この袋にも「においには気をつけてください」って書いてあると教えてくれた。

それから、計量カップどこ? と聞かれ、え……?

しばらく黙って、今朝処分したお米の袋に入れっぱなしだったのに気づく。すごいな!!!!! ねずみを避けるということの余波で、米の計量カップまでも失うのか。

計量カップはかつて買った覚えなど一切なく気がついたらうちで使っていたもので、だから多分実家にあったとか、そういうやつだろう。2、30年は使っていたんじゃないか。壊れるようなものでもないし、こんなことさえなければおそらく一生私は使い続けたと思う。

「大事件だ」私は言った。「これは、大事件だよ」

息子は1合の重さを検索し、慎重にはかりで測っていた。

それから、毎朝飲んでいる青汁を買っているECサイトがシングルデーで全品割引のセールをやっているとTwitterで知る。

青汁はちょうど先日、セールになる直前に正価で3ヶ月分買ってしまっていた。だって、前回飲みきってから買おうとしたら、売り切れていたから。今度はちゃんと、飲み切る前にぬかりなくしっかり売り切れる前に買おうと思って。

よかれと思い急いだ買い物でセールを逃す。重ね重ねの愕然をまた重ねているところに娘が帰り「なんか首ねじったみたいでめちゃ痛い」と言った。おうおう~~。

ねずみを避た結果、米をだめにし計量カップが失われ、その上セールを逃して買い物をしたことに気づいたかと思ったら娘が負傷。

お菓子をたくさん買うと、その直後に親戚や友人やご近所から不思議とお菓子をいただいて、一気に家がお菓子だらけになる、嬉しい悲鳴があがることがある。ちょっとずつならすようにやってきてくれれば嬉しさが続くのにと思う。なんだこれ、と思うことも、同じようにいっぺんにやってきて、小さい個人の中が大騒ぎになる。

娘を整形外科に連れて行く。レントゲンを撮ってもらい、骨折や脱臼はなく安静にしていれば治るだろうと言われて、計量カップを失うくらいのことが起きているだけにまさか何か困った怪我ではと案じたが良かった。

娘は診察室から首に分厚いサポーターを巻いた状態で待合へ登場した。しばらくこれで暮らすのだそうだ。

おお、首をやった人だ。娘が、首をやった人になった。正統のイメージの上では「首をやった人」のサポーターは白やクリーム色だけど、娘が実際に巻いているのは水色で、こういうところがイメージと現実では違うんだよなと現実の側に感心した。

娘は「これ付けてるとぜんぜん痛くない」と嬉しそうだった。そういえば、首をやった人がなんであれを付けているのか、想像したことがなかった。

帰ってみんなで晩ごはんを食べた。炊けた米はとても美味しかった。

 

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