まばたきをする体

めがねの道

息子の右目の視力が落ちた。学校の視力検査でそう知らせがあったし、息子自身が「こっち(左)の目で見えるものがこっち(右)の目で見えない」と片目を交互に隠しては壁にかけたカレンダーの文字を読んで言うのも聞いた。

中学校からの通達では医者にかかるほどではないギリギリのレベルとの見立てで、でも、お医者に相談したらきっと、低下したとはいえ右目の視力それほど弱まってはいないようです。ただ両目でものを見たときに視力の差があってアンバランスで、そういうのは眼精疲労を起こしやすいんですよ。ガチャ目とよくいいますが、専門的には不同視といいます。疲れは肩こりや頭痛の原因にもなりますから、眼鏡を作ることをおすすめします。みたいに言われて、聞いた私は、あっ! そうなんですね、この子は頭痛もちなんですが、もしかしたら原因のひとつはこの視力なのかもしれません。などと返す、きっとそうなるんじゃないかと考えた。

それで病院に行くことにした。はたしてそうなるかどうか、確かめに行くみたいに。

土曜日の午前、息子を連れて家から一番近い眼科に歩いていく。眼鏡は嫌だなあと息子は言うが、様相として絶対に嫌だというほどでもなさそうだ。理由があって嫌なのではなく、よくわかんないから嫌だというパターンだろう。このパターンは受け入れてしまえばだいたいそんなでもなくなる。

看護師さんが視力の測定するのだと息子を連れて測定室に入っていき、しばらくして眼鏡を作るのにレンズの調整をする人がかける例のあのスチームパンクみたいな眼鏡をかけた息子がにやにや出てきた。

「これ(笑)」「ああ、それ(笑)」

看護師さんが、いまレンズに度を入れてますから、これでしばらく様子をみながら、気分が悪くなったり頭痛がしないか、雑誌とかスマホを見て確かめてみてくださいと私にも伝えてくれた。

息子はスマホを所有しているがいつも携帯しない。それで今日も手ぶらでやってきた。待合室のラックに一冊だけ立っていたムック本を取って渡した。カルディの本だった。カルディで売っている商品のおすすめと、そうでもないものを特集した本だ。

しばらくして看護師さんがまたやってきて、息子は「ちょっと違和感があります」と伝えた。本当にちょっと違和感があったから素直にそう言っただけなんだろうが、なんでもいいやと軽んじ「はい、大丈夫です」と答えなかったことに頼もしさがわいた。

看護師さんが調整してくれて、息子はまたカルディのムックを読んだ。

「このままだと俺はカルディにめちゃくちゃ詳しくなるな」「なってくれたらとても助かるよ」

このムックを、私はじつは以前読んだことがある。娘が眼鏡を作るのでこの病院にかかったときに待ち時間に眺めた。カルディの商品に情熱的に詳細すぎて、あまりの情報量に集中して読み込むことが私にはできなかった。

息子が顔を上げた。眼鏡の度がまだ合わないのか、それともカルディの情報量にやられたか。「情報量が、おおい」だよね!

これなら大丈夫そうですとやりとりしたあとで看護師さんは「眼鏡の処方箋がいるんですよね、先生の診察のあとでお渡ししますので」と言って離れていって、あれ、そうか、もうすでに眼鏡を作る流れになっているのだなとはじめて気づいた。

病院というのは素人が思っている以上にものごとが早く進むことがある。

それから呼ばれた診察室で、医師は部屋を暗くして息子の目の粘膜を手早く観た。

問題ないようですから、さっき調整した度で眼鏡を作っていただければ大丈夫です。

はい、わかりましたと診察室を出た。気軽にやってきたらさらに思ってた以上の軽さで眼鏡へのきっぷを手にすることになった。あらかじめ「思う」ことの滑稽さに感じ入る次第である。こうして眼鏡に親しいみなさんは眼鏡の道に入っていくのだな。

私は視力が良い。他の何にも自信が持てず、ただ視力の良さだけを心の頼りに生きたころもあった。度を入れた眼鏡のことをまるで知らない。

「気球を見たのか」帰り際に息子に聞くと「見た」という。眼科にかかると、人は気球を見るらしいというのは、アレルギー理由でしか眼科にかかりつけない私にとっては伝説のような話だ。

娘はしばらく前に一足先に息子よりもずっと低めに視力を落としてすでに眼鏡をかけていて、息子も今日そういうことになった。二人とも、成長して気球の側に行った。

週末、処方箋を持って連れ立って眼鏡屋に行った。眼鏡なんつったらもう顔を変えるみたいなものだから、よほど悩んで決めるものだと思うんだけど、息子は買い物が大嫌いであれこれ悩むのを好かない。

私がこんなのどう? とひとつ渡したら、なんとなく試着して「じゃあこれで」というので、私は気軽に「こんなのどう?」などと安易に発言したことを後悔した。それからほかに2個かけさせて、でも結局最初のやつに決めた。

30分待つともう仕上げてくれるそうで、本屋でそれぞれ30分悩んで本を買って、できた眼鏡を受け取った。息子は眼鏡は顔に乗せ、ケースと保証書の入った小さな紙袋は手に店を出た。

眼鏡を上に上げて、それからかけて「両目で字が見える」と言っていた。

それから、ぴかぴかの眼鏡をかけて眼鏡屋の紙袋を持っているのは恥ずかしいからといって、紙袋を私に渡した。

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