まばたきをする体

こんなにもくよくよする

居間のソファにすわって本を読んでいると、玄関の前に誰かが立つ音がした。

この家は狭く、ひとり静かにしてラジオもテレビもつけないでいると、住宅の深部にいても玄関の気配がわかる。

来るか!? と思った。鳴るか……鳴るか……? チャイムが鳴るか……!? 鳴らない場合もあって、置き配のドライバーさんの場合がそう。

わたしはこの日、人を待っていた。町会費の回収に工務店の女将さんが来ることになっている。こちらから届けに行った方が早いんじゃないかといつも思うのだけど、徴収もれがないようにと毎年役員さんがわざわざ各戸をまわって取りにきてくれることになっていて、その日時が事前に回覧板で知らされていた。

そういう予定があったものだから、来るか!? という思いはいつもより強く、しばらくしてチャイムがならないので、あれ? ちょっとだけ、何かの間違いで帰ってしまったかなと思うが、いやいやそんな訳はと一度浮いた腰をまた落とした。

それからすぐまた気配がして、気配の直後今度は鍵穴ががちゃがちゃまわる音がするので息子か娘かどちらかが帰ってきたのだとすぐに分かった。

息子だ。なんか、これ郵便受けに、とA5くらいのサイズの紙を渡された。ボールペンで丁寧にこう書いてあった。

「町会費の回収にお伺いいたしました。いらっしゃいませんでしたので、また来週伺います」

えっ!

えーっ。

そのまま突っかけを履いて飛び出した。もしかしたら女将さん、まだどこか近くにいるかもしれない。

実はわたしは今日のこの日をちゃんと、そう、「ちゃんと」待っていたのだ。回覧板で徴収日が知らされたのは先週の金曜日、確認してすぐに現金を封筒に入れて用意した。玄関に置いて、それから日めくりカレンダーの今日のページに「町会費の回収、午後」とボールペンで書いた。

日めくりカレンダーは1枚1枚がトレーシングペーパーくらい薄い。だから翌日と翌々日と、そのまた次の日までボールペンの筆圧が跡になった。ちゃんと書いておいた。楽しみにしていたといっても良い。

探した近所に女将さんはいなかった。

かつて同じようなことが一度だけあった。息子の誕生日祝に親戚が自転車を贈ってくれて、大物の宅配ということもあり業者さんと宅配の日をきちんと握り合った。それで待っていたが来ず、すると電話が来た。

インターホンを数回鳴らしたし、ドアもノックのだけど誰も出ていただけなくてと困った様子のドライバーさんだった。

います! いるんです!

ドアを開けると玄関のすぐ前に自転車を台車に乗せたドライバーさんがいた。

インターホンの不調だろうか、ドライバーさんの勘違いか、なんだか分からないまま、でもそのときは電話があったからよかった。今日は違う。女将さんはもう帰ってしまった。

私は、いま思えばなぜそこまでと思うほどにくよくよした。

玄関で気配を感じたのになんで飛び出さなかったのか、それに、来客があっても気づかない家というのは、家として根本的におかしいではないか。不遇で怪我をしたような気持ちになった。飛び出した突っかけの足でこんどはとぼとぼ家に戻った。工務店に電話をするが土曜日で休業のようだった。

かつての自転車配達のこともある、壊れかけのチャイムがいよいよ不調なのだろう。玄関に立つとインターホンのボタンを強く押す。すると「はい」とスピーカーは応じた。室内の息子だ。作動している。

なぜ、女将さんのときに鳴らなかったのか。悔しみは増し、今度は私が部屋にいて息子を外に出してボタンを押させるとほがらかにチャイムは鳴った。帰ってきた娘にも押させて鳴った。

その日はたっぷりうなされて寝た。またくよくよした。

脂汗をかいて寝て起きた翌日の朝。宅配便が帰った。

在宅勤務をしていて、そういえば新聞がまだ郵便受けだなと取りに行ったところ不在票が入っていたのだ。私はずっと家にいた。

嫌だ! 一瞬ですねたが、一方で解決を! との気持ちがすぐに立ち上がった。ドライバーさんに電話をして、すみません居たのに気づかなかったのです。言うと優しくすぐにまた伺いますから大丈夫ですよと言ってくれる。申し訳ない。

この優しさに甘え「あの、インターホンって鳴らしてくださいましたか?」と聞いてみた。

「はい、3回くらい鳴らしたんですが……」ということだった。

ああ……。インターホンが、壊れているのだ。昨日のくよくよが一層深まりながら、しかし物事は動き解決に向かっていく可能性も感じた。光が見えるような救いがあった。

家族が押していくら鳴るとはいえ、女将さんとドライバーさんが押して鳴らないインターホンは、間違いなく壊れている。

電話を切って、スマホのカメラを動画モードにしてスタートを押しテーブルに置いた。ゆっくり静かに玄関の外に出て、インターホンのボタンを押す。

戻って動画の録画を停止させ、記録を確認した。あれだけ静かに玄関を出てもそれなりに足音と、それからドアの閉まる音が収録されていた。それから

ピンポーン

元気なチャイムの音がした。

私は、インターホンの修理窓口になんて言えば良いんだろう。

メーカーの修理案内をサイトを開き、申し込みフォームに住所や型番を書いていく。故障状況の欄のさまざまな選択肢をながめて、あっ! となった。

>作動するときと、しないときがある

さては……よくあることなのだな……。納得がいった気持ちで修理を申し込みフォームにぽちぽち入力していると、玄関先に気配がしてハッとして帰らないで! と飛び出した。作業服の方が「水道の検針しました……検針票はポストに……」と急に飛び出した私に驚いたように言ったので頭を下げて検針票を郵便受けから取って引っ込んだ。

うちのインターホンはおそらく私達家族の前に住んでいた方々の頃から使っているものだろう。28年経っている。

すぐにメーカーから返事があった。インターホンは10年でのお取替えをおすすめしておりますとの一文があった。

町内会費は翌週払った。

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