まばたきをする体

はからずも偶然手に入れた経験

起きると山をおりてやってきた子らの父がいた。

父は普段は山に暮らしているがたまに人里に現れる。山を降りる時間は夜ときまっており、夜通し街をめざして走り朝にすがたをあらわす。

息子はもちろん、普段は朝の遅い娘も早起きしてみんなで大歓迎した。ジャガイモ、さつまいも、冬瓜、変わった形のため流通に乗らない野良カボチャとよもぎ餅も持ってきてくれた。

息子は父が街にいるあいだに一緒に「テネット」を観ることにしているらしくその打ち合わせを、娘も「鬼滅の刃」の映画に一緒に行こうと誘っている。

「『鬼滅の刃』といえば、イヌだな」と父は言う。犬。

「犬は出てこなくない?」「主題歌を歌っている人がイヌというだろう」「LiSA……?」「あ、リサか、2文字だから間違えた」

それから、秋の特別焙煎のお茶と、娘に小さな包みを渡していて、娘が開けるとすみっコぐらしのキーホルダーとボールペンだった。

父よ、娘はもはやファンシーグッズには興味をなくしこの家ですみっコぐらしが好きなのはもう私だけなのだ。ボールペンは私がもらった。

子どもたちは学校へ出かけて行き、父は私の両親の家に冬瓜を届けにいった。冬瓜がとれてとれて仕方ないらしい。

私は仕事。午後から買い出しに出て、そのまま終業して近くの銭湯へ行くことにした。

私はとくべつお風呂ファンというわけではないのだけど、以前取材で電気風呂の入り方の指南を受けたのを思い出し、またちょっと行ってみるかと思った。

もともと自分にはそれほど興味がなかった、というか、存在について見て知ってはいたけれど良く分からないから疎遠だったものについて、誰かがすすめてくれて教えてくれて受動的にはからずも偶然手に入れる経験というのがあって、宝だなあ~と思う。

電気風呂、気持ちよかった。

それから風呂上がりに15分200円のマッサージチェアにかかって、マッサージチェアに関しては自分が好きで自らで開拓した行為なので、そういう能動と受動の経験が重なって自由時間が組み上げられていくな。

銭湯の2階の宴会場ががらがらなのに気づいてはっとして生ビールを飲んだ。

さっき脱衣所で着替えている際に長年の常連らしき、やせて元気の良いおばあさんの頭にうっかり肘をぶつけてしまった。ごく軽く、こつんと当たっただけではあったが、これはその道の方と同じくらい怖いパターンたぞと瞬時に恐怖して最敬礼と大きな声で謝ったところ、頭をなでながら「……大丈夫だよ、ロッカーの扉の角じゃなくてよかったよ」とぎりぎりゆるしてくれた。

あらゆる世界に先輩はいるが、銭湯の先輩は一番うやまわなければならない先輩な気がする。

帰って、ネットフリックスで映画の「パプリカ」をはじめて観た。よく今までこれを観ずに生きてこられたな私は……。

 

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