まばたきをする体

求めていたのは「これがいい」ではなく「これでいい」

去年くらいから、タッパー的なものが息子の弁当箱になった。

弁当箱は購入が難しいものランキングのかなり上位に食い込むのではないか。

弁当のサイズすなわち胃のサイズとなるわけで、大きすぎやしないか、いや小さすぎるのでは、大きすぎるからといってスカスカにすると中身がずれるし、ならば小さめにしておにぎりを別に持たすなどするのが良策なのか、でもそれでは弁当箱の意味がなくなるのではなどと悩ましい。

世に売られている弁当箱自体が自身の存在について悩み続けているようにも感じる。なんだか中途半端で決まり切らないものが多い。

息子の弁当箱は小学校に上がってすぐのころ無印商品の白い小さなものを一つ買いそれでやりすごしてきたが、そのうち容量が足りなくなって、それから試行錯誤してきた。

それで去年、ジップロックの四角いコンテナを採用するようになったときすべての問題が解決したように思われた。

「これでいいじゃん」と思い、そうだ、私が弁当箱に求めていたのは「これがいい」ではなく「これでいい」という感覚そのものだったのだ。

わざわざ買うような、弁当箱としての弁当箱は不要なのではと心のどこかで思っていた、食べ物が安全に運べさえすればそれでいいという、その気持ちとジップロックのコンテナが合致したのだ。「これでいい」で完璧にしっくりくる。

ただ息子にはリュックに入れづらいと言われておりそこは課題だ。やはり弁当箱なのか。

ジップロックのコンテナが入った変形したリュックを背負い息子は塾へ。私は娘と実家へお昼をもらいに行った。

父母と妹と姪っ子と一緒にもりもりそばをたぐる。

実家はテレビをつけっぱなしの家で、バラエティ番組を観てあれこれみんなで言い合った。

食後少し休んでから門前仲町に祖父母の墓参りに行く。もともと東京都現代美術館ダムタイプの展示を観て、そのついでに墓参りに行くつもりだった。

展示に同行するのを娘がおっくうがって、墓参りに行くなら私たちも行くと妹母子が言い出すなどして結局お墓にだけ行くことになったのだった。

こうして、本来の目的のついでに何かをしようとして、本来の目的だけがなくなるのは休日の過ごし方ではよくある。

お墓にお榊を持っていくと正月にだれか来たのか花が供えてあった。お線香をあげた。

もう帰る。

墓参りという行動は、ほとんど来て帰るだけの作業なのが驚きだ。“わざわざ”ということ、それが最大限に霊的に心の評価になる。

そのまま妹に娘をあずけ、夜から渋谷で友人らと回転寿司に行ってビールを飲んだ。

12月にも会った友人の一人がこの正月にずいぶん痩せ、髪形がぶかぶかになっていて驚く。これまで多くのダイエットの成功をみてきたが、頭が小さくなって髪形がぶかぶかになる例は初めて見た。

帰りに新しくできた渋谷スクランブルスクエアをとおりがかるとずいぶんの人出だ。

エシレのお菓子屋があり、友人が「エシレだ!」と言った。私も続いてつい「ほんとうだ! あのフランスの高級バターのエシレのお菓子屋だ! そんなのあるんだ~!」と口に出た。

すごい。ナチュラルにマンガの説明キャラになってしまった。通りがかる人もみな「エシレだ!」と言っている。エシレには人が口頭で説明したくなる力がある。

帰って安らかに寝た。

実はカップ麺を食べて寝た。

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日記の本のBOOTHでの通販は終了しました。ありがとうございました。
・大阪のシカクさんで店舗販売とウェブ販売していただいてます(これと、これ
・1月末から赤坂の店舗さんでも売っていただく予定です
・イベントは5月のコミックマーケット98に申込みました!受かるといいな……。

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