まばたきをする体

感動に宿った確かなうるささ

娘が「今日の合奏、うるさいよ、うるさいからびっくりすると思う」と警告するように言った。

学校で音楽発表会がある。コロナ禍で大勢の保護者が集めにくいとあり、通常全校で行う行事だが今年は学年ごとに分けて開催されている。娘の出る5年生の部が今日行われる。

「え、うるさいわけないでしょう」言って、「じゃあ、あとで行くからね」と娘を送った。

ひとつの家からは保護者が2人まで参加できることになっていて、子らの父は普段山にこもって暮らしていて近場にいないため、私の実家から母が応援にかけつけてくれた。

やあやあ楽しみねと母は言い、うん楽しみだね、こういうのがやっぱりあるとね良いのよね、コロナでなくなっちゃってたもんねなどと言いながら野外の寒さを確かめ身を縮め学校へ向かった。

演目は合唱と合奏の2曲で、ものの10分程度で終わる会ということが事前のプログラムで知らされている。とにかく大勢を長時間ひとところに止めておかないようにしようという気持ちが強い。

体育館は2階の窓が全開になっていて「寒いですがどうかご辛抱ください」ということだった。保護者たちはみんな承知でもこもこの厚着で集まっている。

並んだ子らの代表が立派に自分のことばで挨拶をして、私などはもう泣いた。マスク着用でも全員が歌っていることがちゃんと分かるものだなあと発見があった合唱が終わり、続いて合奏が始まった。

曲は「パイレーツ・オブ・カリビアン」の、あのテーマ曲である。

はじまったと同時に、あ! と思った。

うるさいぞ!

この気持はなんだろう、「うるさい」という言葉にはネガティブな意味がある。大きな音がしてやかましく不快だという意味だ。

でもそうじゃなくて、不快など微塵も感じず、むしろ感動のなかに、事前に「うるさいよ」と聞かされていたことにより宿った確かなうるささがあったのだ。

仕上がった演奏には子どもたちの練習の努力が現れていた、真剣な表情に集まった人たちに楽しんでもらいたいという気持ちがこもっている、単純に今もちうる力をここで全発揮しようという素直な気概も伝わる。

それとともに体育館に満ちり鳴るジャンジャカジャンジャカでかい音。

なるほど、これは確かにうるさい。声を出さず満面で笑った。

ネガティブな意味の言葉がしっかりとした信頼関係で両者申し合わせの上でポジティブに転じるということがある。申し合わせがゆるいとネガティブなままになるから絶対的に注意が必要だけど、「ばかだなあ」とか「あほか」とか。

「うるさい」にもそれがある。

子どものころ、妹とふたりで話すがなんだかお互いに話が聞き取りづらいなということがあった。かまわず話をしていたのだけど、ふと、後ろで弟が延々、トランペットのまねをしているのに気づいたのだ。

「うるさいよ」妹とふたりで言ったあと、弟も入れて全員めちゃくちゃつぼにはまって笑ったことがあった。

あの弟のうるささは「なんなん!?」という種の笑えるうるささで、合奏のうるささとはちょっと似ていてちょっと違う。体育館にはただ純粋に「音がでかい」という意味だけの「うるさい」が愛しさみたいなものとからんで出力されていた。

娘はアコーディオンの担当で、あのブカブカさせるやつをうねるように操作し、キーをなめらかに叩いていた。弾いてる真似をしてるんじゃない、ちゃんと弾いている、弾けていることにも感心した。というのも、私は小学校時代、勉強とか練習とかをすべてスルーする傾向にあり、合奏などはおおむねフリで押し通していたのだ(そして後で音楽の授業で行われる個別演奏の試験でばれた)。

終えて退出する保護者の波のなかで、上手だったわねえ、みんな立派だねえと感動しきりの母に、娘から「今日の合奏、うるさいよ」と言われた話をすると母も「確かにうるさいと言われればうるさかった、率直な表現するね」とめちゃくちゃウケていた。

帰って時間差で帰宅した娘に「言われたとおりだ、めっちゃうるさかったわ」と言うと「でしょう!」と嬉しそうだ。

楽譜を見せてくれて、特にここがうるさいんだよねなどと教えてくれ、ああそうそう、そこうるさかったと確かめ合った。

それから発表会成功のお祝いにコージーコーナーにモンブランを買いに行った。

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変だと思った俺やお母さんの目が未熟だったのかもしれない

息子が防水の靴が欲しいと言うのでネット検索して見せ、気に入るものを店頭受け取りで予約した。真白いスリッポン型のゴム靴で安い。

店は自宅からやや遠く、ある日の学校帰りに息子は受け取りに行った。

しばらく履いて、履き心地は運動靴のようですばらしいがちょっと白すぎると言い出した。確かに履くのは雨の日で、はねた泥が付くと汚れが目立つ。

それで休みの日、以前工作に使ったゴムに塗れる黒のスプレーの余りがあったからそれで塗ってみようと、マスキングテープで謎の模様も仕込んで取り掛かったが、右側を塗り終えたところでスプレーが切れた。左を塗るのに新しいスプレーを、隣町のホームセンターに行って買ってくるという。

あれこれを面倒がらないことに感心し送り出す。しばらくして帰ってきた息子が持ち帰ったのは万年筆と「自転車置場」のプレートだった。

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ホームセンターが改装閉店で全品なんでも3割引のセールになっていたらしい。

ほかにも、このコロナ禍でひろまった、スーパーやなんかでレジに間隔を開けて人を並ばせるのに貼る立ち位置のシールも買って丁寧に部屋の床に貼った。万年筆も一度使ってみたかったのだといって満足そうだ。

肝心のスプレーは全色すっかり売り切れていたというから、Amazonででかいのを別途買ってやった。

それから私は夕飯の買い物に行って、帰ると息子は買った万年筆で裏紙に絵や字を書いていた。朝から着ているパーカーにインク染みがぼつぼつ飛んでいる。

指摘すると「ああっ!」と、どうも飛び散った瞬間から今まで気づかないままでいたらしい。

息子の気に入りのパーカーは白い。

父親と街に映画を見に行ったときに見つけてねだって買ってもらったオーバーサイズのしゃれたので、先日はカレーうどんを食べるのにこのパーカーを汚さないようにと前掛けをして食べていたのに。

食べ物の汁が服に飛び散るのは経験上分かっていて気をつけたが、文房具から墨が飛ぶのは思いもよらなかったんだろう。

「ああ~~」と息子は頭をかかえ、私はネットで「インク染み 落とす」などで検索したが、息子は「ああ~~」の姿勢でしばらく止まってからスッと立った。

これも染めよう。

翌日スプレーが届き靴は真っ黒に染まった。右の足はマスキングテープで模様を入れたが、左に模様を入れるのを忘れてしまったそうで、結局両足全面黒く塗っていた。

パーカーも、インクの染みが付いたところを黒い四角形を描くようにマスキングし迷いなく染めていく。

半日ほど乾かしたあと、マスキングをはずして染め上がりを広げる。眺めた。デザインとしては普通に変だが、「これを引き受けいましめとし生きていく」と袖を通した。

それが1ヵ月前の話で、以来息子は黒い雨靴と変な模様のパーカーで平気であちこち出かけていく。そのうち慣れて格好良く見えるようになってきた。

「そのパーカーの柄、見慣れたね」と声をかけると「慣れたんじゃなくて、もしかして最初からこれは格好良く仕上がっていたんじゃないかと思うんだ」と言う。

「変だと思った俺やお母さんの目が未熟だったのかもしれない」

もしかしたらそうかもしれないと思った。

自転車置場のプレートはふざけて学校の部室の前に貼ったところ、自転車が停まるようになったそうだ。

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ものが水に溶けるとはどのようになることか

娘の通う小学校はコロナ禍でも配慮して保護者を校内に招き、子どもたちの様子を校外に伝えようと努力し続けてくれている。

ある数日間が指定され、その間はいつ行っても関係者が自由に校内を見て回ることができる「学校公開」は、入校可能時間を枠で分けて参加希望者を分散させ校内が密にならないようにすることや給食の時間は非公開とすることで(逆にそれまで給食の様子を見学できたのがすごい。うらやましそうに見守る保護者と誇らしげに食べる子どもたちがいた)緊急事態宣言期間を避けて着々と開催され続けた。

先日も開催されて、娘の受ける理科の授業を見学させてもらった。これがすごくおもしろかった。

私は子どもの頃の記憶が薄い方で、特に学校の授業はおおむねぼんやり受けていたからいよいよ覚えがない。過去を思い出して懐かしむ感覚じゃなく、ただ新鮮に鮮烈に初等教育が中年の身にみなぎった。

内容は「ものの溶け方」。

最初に先生が黒板に大きく「ものが水に溶けるとはどのようになることか」と書いた。板書してねと言われていっせいにノートをとる子どもたち。

それから、理科室に並ぶ小島型の机ひとつひとつに、3つのビーカーと3種類の粉が配られる。

班ごとにビーカーに水をくんで、ひとつずつ、粉を入れてマドラーでよく混ぜて観察する。

1つ目の粉はすぐに水に消えて透明になった。2つ目の粉も混ざって水が白濁した。3つ目の粉は茶色い色が付いていて、なかなか混ざらないのだけどしばらく混ぜると透明の茶色い液体になった。

ここで、先生が子どもたちに、それぞれの水に入れた粉は溶けたかどうかを挙手で聞く。

1つ目は全員が「溶けた」に手を上げた。2つ目はちょうど半分が「溶けた」に、もう半分が「溶けていない」に手を上げた(娘は「溶けた」に、青天を衝く勢いで挙手していて、その細く高い手のキレに笑ってしまった)。3つめはまた全員が「溶けた」に手を上げた。

先生は、1つ目と3つ目はみなさんが言うとおり、溶けましたね、という。

じゃあ2つ目はどうでしょう。「溶けた」と思う人の意見を聞かせてください。すると数人の生徒がよろよろ前に出てきて「混ざったので溶けたと思う」「にごった水になったから溶けた」と発表して、拍手。

続いて「溶けなかった」と思う人も意見を聞かせてください。また数人の生徒がよろよろ出てくる。申し遅れたが娘は小学5年生で、これくらいの時期の子は急に背が伸びて伸びた背をどうしていいかわからないのかなんだかみんな胴体が全体的に左右によろよろする。

「溶けなかった」派は「にごっているのは溶けているのではないと思う」「放っておいたら底に溜まった。溶けていない」等々述べて拍手をもらってまた席に戻った。

先生は、うんうん、とうなずいて、「ここで正解を発表します」とおっしゃった。

私は、おやと思った。「正解」? 確かに学問には解があろうが、子どもたちはいま実験をして観察して体験から言葉を取り出した。それを「正解」「不正解」で両断して良いものだろうかと、心にいちゃもんが付いたのだ。

すると先生は「理科的な『正解』ね」と付け足された。うおっ、漏れ出なかったはずの心の声が聞こえてしまったかのようだ。でもきっと、私のように思う子どもが脈々といた、ということだろう。

「理科的には、2つ目の粉は、溶けません」

おお~とざわつく子どもたち。「ここで、最初にノートに書いた言葉を見てくださいね」。言いながら、先生は黒板にも書いたその文字をさす。

「ものが水に溶けるとはどのようになることか」

ああ! そうか。これは「ものが水に溶けるとはどのようになることか」を学ぶ授業だった。「ものを水に混ぜて観察する」授業ではないのだ。

私は「え~、混ざってるんだから、2番めの粉も溶けるって言い表してもいいんじゃないっすかねえ」と、実験を見学してそう思った。

でもこれは「ものが水に溶けるとはどのようになることか」をみんなで目撃して、「このようになることが、ものが水に溶けるということだ」と握り合う。認識を確認し合う授業なんだ。

「ものが水に溶けるっていうのは、その姿が水の中に見えなくなることを言います。2番目の粉は、まぜても濁る、濁っているということは粉がまだ目に見えているということ。沈むのも溶けなかったということです」先生の言うことが全部素直に身にしみる。

理科だけど国語みたいな、これを見てなんて呼ぶことにする? と相談するみたいな授業で、小学校の勉強ってこういうことだったのか。

ちなみに2番目の粉は「片栗粉です」とのこと。1番目の粉は砂糖。3番目の粉はインスタントコーヒーを砕いて砂糖を混ぜたもの。

あ~、片栗粉、そういえば混ぜてもぜんぜん溶けない。ありゃ溶けない、溶けてないわ、人間生活から見ても、確かにぜんっぜん溶けない。やたらに実感もした。

 

新刊が出ます!よろしくおねがいいたします~~っ。

11/23(火・祝) 文学フリマ東京 ナ02
12/31(金)コミックマーケット99 西 く 40a

ちょっと踊ったりすぐにかけだす
まばたきをする体 2020.8~2021.4
古賀及子
A5版・178ページ
装幀:奥山史歩
組版:麻川針
印刷・製本:あかつき印刷
頒価:1500円

大阪のシカクさん、下北沢の日記屋 月日さん、赤坂の双子のライオン堂さんでも既刊を取り扱っていただいております~。

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なにがあっても日々が続くのすごくない? 日記のほん「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」が出ます

まいにち更新の日記ブログ「まばたきをする体」から7冊目で最後のほん「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」が出ます。

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イベント出展予定はこちら……!

書店さんでの販売と通販はこちら……!

ブログは古賀及子が中学生の息子と小学生の娘との3人暮らしの様子を日々かいって(書いて)は投げ、かいっては投げしておりましたが、2021年の4月にまいにち更新を終了しました。

最終巻は2020年8月から2021年4月に更新した全日記から、ご好評をいただいた回のよりぬき71本と、プラス書き下ろしの1本をあとがき代わりに収録しました。

なんと……11万文字あります。

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11万字は、ここ数巻ずっとすてきな組版で一緒に本作りをしてくださっているデザイナーの麻川針さん(これまでの本では山階基さんの名義)が。これまでの倍以上の大量の文字たちを、猛獣使いのようにきれいに並べてくださいました。心がこもっているのが伝わって本当にありがたいです。

A5版で178ページあるんです。これは大変だ。

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表紙はデイリーポータルZでずっとおせわになっている奥山史歩さん。かわいいでしょう。波線は私の心拍数をあらわしているとのことです。コンセプト~~っ!

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最終巻ということで、パ~っとやりたいね~! という気持ちで、同人誌にもかかわらず生意気に帯文もいただきました。

母子で大ファンの漫画家でイラストレーターの石山さやかさんは、私が日記の本をいちばん最初に作って売ったその日に買ってくださった方でもあります。一緒に仕事もしている、いまや超売れっ子のライターのスズキナオさんは本を買って書評まで書いてくれた方。安心の布陣です。

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さらに! 前号「ごめん、あれやっぱパンだった」の表紙がすてきで、イベントでは表紙のかわいさからブログを知らずに買ってくださる方が続出する現象をおこしたイラストレーターの杉山真依子さんに、今回は手売り限定でオマケにつけるステッカーをデザインしていただきました。

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通販や書店販売分には付け切れず申し訳ないのですが、以下イベントでの手売りで「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」を買ってくださった方へお渡しします!

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というわけで、とりまとめましてこんな感じの事態になっております!

ちょっと踊ったりすぐにかけだす
まばたきをする体 2020.8~2021.4
古賀及子
A5版・178ページ
装幀:奥山史歩
組版:麻川針
印刷・製本:あかつき印刷
頒価:1500円

イベントには既刊ももりもり持っていきます! 既刊が増えすぎたのでいよいよ私も「コンパクトひな壇」を買いましたわい……。

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↑こちら、完売したとほうぼうへお伝えしていたのですが在庫が出てきました……。(売り切れました! 書店さん委託分がもしかしたら残っているかもです……)

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最後に、ずらずらと、新刊収録の日記のもくじを並べておきますです。

本でお会いできたらうれしいです~~!

●もくじ

純粋なから揚げの行列
やることがなくて優雅
きっと一生なおらない
体はコンビニに入って行った
送り迎えのことばかり考えていた
気球の絵……気球の絵だ!
ふたりで絶対に半分つ
あらかじめまちがえている
もしフィクションで描かれてなかったらどう思ったろう
夜中に目を覚ましたいからもう寝る
消費はむずかしい
10年前のことをねぎらわれたかのよう
チャーハンに気持ちの集中がそそがれた
いつも自分を気分よくしている
元服である
みんな歯を投げているらしい
ナンから煙が出ているぞ
やることは特にないのです
心を揺さぶらない映画を見きわめる
塩で召し上がるのは後ろめたい
裸のままのiPhone
返金額は100円
ちょっと踊ったりすぐにかけだす
血管が動くのを見あう
事情を誰かに話すときはいつも自信がない
みんな本当に人だ
封筒にゴミを入れたら届いてしまう
つつみかくさない自意識
冷えた生卵を持ち続けて手がつめたい
誰かが重いな
その血と肉を見せてみよ
意識の私を無意識が急に起こす
赤や緑や青が次々に色を変え光っている
テトリスでこんなに遊んでしまう
真逆の「屋」が来てしまったな
知ってるやつ以外全部うそみたい
サンタが誰かを知っている人にも来る
全身に力を込めて体をぶるぶるふるさせるから見てて
意外な思春期の来かたをしている
スーコー言わずに飲んでみよ
クーラーがついていた
あとはエアコンだけある
いま一番どうでもいいこと
歯が小さいのだが
私だけが実情を知り不明を実感している、分かっている私が一番分かっていない
刺身に対して薄情だ
30秒は10秒が3個
歯の皮いちまい
腸壁の側を皮膚にする
何も起こらない予感
菓子パンは子にやる
糊を買いに行こうくらいの誘い
世界一の墓
ようこそ世界へ
餃子の数を数えて
とらわれなさが真実をつかんでいる
コロナ時代の買い食い
繰り返しの日々で老いる損
パンデミックが起きたほうの世界線にいるので私は
ピザが食べ足りないのは絶対に嫌だ
本当に家族で楽しいだろうか
午後7時25分、逮捕
らくだだと思っていますか?
世の中たいていのことはうまくいかない、なのに
アルマジロとT字路
ウーバーイーツのみなさんが全部カブの出前だったら
まだまだ地力を出してはいないはずです
あらぶる群衆
さまざまな感情を一度に持たすなよ
ちゃんとしたファンの人が使う言葉
遊んで暮らさず商売を
治る自信のある肋骨(書き下ろし)

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ねずみを避けたり首をやる

このあいだ、家にねずみが出た。

古い家に住んで、もう何年もネズミが梁まで侵入しているのは足音で気づいていたのだけど、ハーブの忌避剤を置けばいなくなるから放ったままで、それで先日ついに納戸まできた。

納戸じゅうにフンが散乱し、私なんかは本当にありがたいことに苦労知らずで、生きていたら生きていけたみたいにやってきたからこれにはまったくパニックだ。大騒ぎして忌避剤の煙を炊いて殺鼠剤を撒いてそれから掃除して除菌して、納戸にもぐれば壁に穴が空いている。

ガムテープでふさぎながら、なるほど穴があるからねずみは入ってくるのだなと知った。

そりゃそうだろうということだって、結局、こうして身を持って知らされるまでぼんやり者には分かり得ないことで、でも私には勤勉なところもあるので翌日さっそく、梁まで侵入可能な穴を探した。

すぐにベランダの壁を捜索して、配管を室内に引き込む部分、管の周りに隙間ができていた。これさえふさげば忌避剤の煙を炊いたり殺鼠剤をまいたりせずともよかったんだ。

梁をかけるねずみは何年ものあいだ、多分ここから入ってきたんだろう。管の保護のために巻かれたクッションにかじられた跡があった。

とにかく穴を塞げば良いのだろうが、さて何を使えばいいんだろうか。雨風のある野外の穴だからガムテープじゃだめだろうな、すると木板か、パテのようなものか、思い馳せつつホームセンターへ行って「ゴリラ」を買った。

そういう名前のダクトテープで、工事の圧倒的初心者である私が一番楽に使えそうなものに見えた。

ダクトテープはアメリカでは何でも直す魔法の資材として尊ばれていると、会社で聡明な上司に聞いたことがある。ガムテープじゃだめな場合もダクトテープならいけるだろうみたいな気持ちが、話を聞いて以来私のなかで育ってここまでやってきた。いまこそその、ダクトテープを買うときだと、運命のような、めぐりめぐる邂逅のようなものを感じる。人生はこうしてきらめく。

ゴリラの絵が書いてある。この店で売られている他のどのダクトテープよりも強いんだろうという予感があった。

帰ってべりべりべりっと引っ張り出してみるとテープは布テープよりもずっと分厚く、粘着面にしっかりと張り付く気概を感じそして少し伸縮性がある。ゴリラのことはよく知らないが、なんとなくゴリラ性のようなものは確かに感じた。穴のまわりにしつこく貼った。

以来、今までねずみは来ない。

ただ、いつ何時また、という備えは忘れてはいけないだろう。ねずみの存在をすっかり忘れる、それがすなわち新たなるねずみをよぶことになるのです、ですから、忘れず備えましょう。そういう精神的な、信仰的な理由から、納戸や流しの下などに、ゲル状のねずみの忌避剤は置いたままにした。

それからずいぶん経った。平和だった。ある日、晩に米を炊くが、炊きあがるなりくさい。

「なにこれ、なんか、へんなにおいがする」

しゃもじでほぐして茶碗に分けながら言うと配膳にやってきた息子もかいだ。「え? あ、本当だ、くさいね」炊飯器にかけたのは息子なので心当たりがないか聞くが、いつもどおり普通に炊いただけだという。

お釜からも、盛った茶碗からも、保存用にタッパー的な物に入れたのも全部、なにかこう、洗剤のようなにおいがした。

「昨日米が切れて、さっき新しい米を開けたんだよね」と息子が思い当たって、生米をかいで「あっ、炊いたときは無意識だったらから気づかなかったけど、これ、お米がくさいんだわ」と言った。

……ねずみだ!

あちこちに置いたままにした ねずみの忌避剤は、においでねずみを避けるタイプのもので強くハーブのかおりがする。米は2袋買ってすぐ食べないほうを忌避剤を入れたままの納戸に保管してしまった。忌避剤のにおいが、うつったんだ。

米にはにおいがつきやすい。知っていたような気もするし、元来の無知からずっと知らなかった気もした。ただ現実として、完全にうっかりで米と忌避剤を一緒に保管してしまった。

ご飯を一口食べると、口のなかが全力でねずみを避けた。飲み込めば喉もねずみを避ける。体の中で効きまくっている。ねずみに関しては穴を塞ぐことで最終的に防いだが、忌避剤にもまた強烈なねずみよけの効果があるのだと消化器官からいま感じている。

いたたまれない残念な気持ちながらも、でもへらへら笑って「美食の家じゃなくてよかったねえ、この家の人達だからこれでも食べられるものを」などと私は言って、息子も「まったくだ~」とこたえて食卓についたのだけど、一口、もう一口たべたて「これは……食べられないな……」と判断した。

ねずみを避けるにおいが、口から入って耳と目からもぬけていき、聞こえる音がスースーするし目玉はなぜか冷えた。忌避の威力は脳にまで達する感覚がありこれは危険だと思った。

「……諦めよう」と子らに伝えて、娘も賛成し、息子はいやもう少し食べてみると言うのだけど、まさか健康被害があっても怖い。

炊けたご飯を捨てる、こんなにつらく申し訳ないことはない。手を合わせながらビニールに炊いた米を全部つめ、せめてもの気持ちでさらにビニールを三重にした。

残った生米はどうしたらいいか。検索して対応策を探ると、よく洗う、備長炭と一緒にしばらく保管する、濃い味付けで炊くなどあれこれ対処法が出てきた。試しに洗ってみたが、においは取れない。かなり強くついてしまっているようだった。

諦めることにした。スピリチュアル的な意味合いで置いていた忌避剤で、むしろ信仰の圧倒的対象である米をだめにしてしまうとは生きるのが下手すぎる。

捨てようと思うと子どもたちに発表して、米にはにおいがつく、このことをけっして、けっして一生忘れないようにしよう、このようなことはこれきりだと言い合った。子らは私より余す寿命が長い。今日のこの反省を絶対に後世に伝えてほしい。

息子が米の袋を見て「お米はにおいがつきやすいので一緒に保管するものにお気をつけくださいって書いてある」と言った。私のような者のことを心配して書いてくれただろう人がいて、また申し訳ない。

翌日、とぼとぼ米を買いに出、背負って帰った。早めに学校から戻った息子に晩に備えて炊飯を頼むとパッケージをよく読んで、この袋にも「においには気をつけてください」って書いてあると教えてくれた。

それから、計量カップどこ? と聞かれ、え……?

しばらく黙って、今朝処分したお米の袋に入れっぱなしだったのに気づく。すごいな!!!!! ねずみを避けるということの余波で、米の計量カップまでも失うのか。

計量カップはかつて買った覚えなど一切なく気がついたらうちで使っていたもので、だから多分実家にあったとか、そういうやつだろう。2、30年は使っていたんじゃないか。壊れるようなものでもないし、こんなことさえなければおそらく一生私は使い続けたと思う。

「大事件だ」私は言った。「これは、大事件だよ」

息子は1合の重さを検索し、慎重にはかりで測っていた。

それから、毎朝飲んでいる青汁を買っているECサイトがシングルデーで全品割引のセールをやっているとTwitterで知る。

青汁はちょうど先日、セールになる直前に正価で3ヶ月分買ってしまっていた。だって、前回飲みきってから買おうとしたら、売り切れていたから。今度はちゃんと、飲み切る前にぬかりなくしっかり売り切れる前に買おうと思って。

よかれと思い急いだ買い物でセールを逃す。重ね重ねの愕然をまた重ねているところに娘が帰り「なんか首ねじったみたいでめちゃ痛い」と言った。おうおう~~。

ねずみを避た結果、米をだめにし計量カップが失われ、その上セールを逃して買い物をしたことに気づいたかと思ったら娘が負傷。

お菓子をたくさん買うと、その直後に親戚や友人やご近所から不思議とお菓子をいただいて、一気に家がお菓子だらけになる、嬉しい悲鳴があがることがある。ちょっとずつならすようにやってきてくれれば嬉しさが続くのにと思う。なんだこれ、と思うことも、同じようにいっぺんにやってきて、小さい個人の中が大騒ぎになる。

娘を整形外科に連れて行く。レントゲンを撮ってもらい、骨折や脱臼はなく安静にしていれば治るだろうと言われて、計量カップを失うくらいのことが起きているだけにまさか何か困った怪我ではと案じたが良かった。

娘は診察室から首に分厚いサポーターを巻いた状態で待合へ登場した。しばらくこれで暮らすのだそうだ。

おお、首をやった人だ。娘が、首をやった人になった。正統のイメージの上では「首をやった人」のサポーターは白やクリーム色だけど、娘が実際に巻いているのは水色で、こういうところがイメージと現実では違うんだよなと現実の側に感心した。

娘は「これ付けてるとぜんぜん痛くない」と嬉しそうだった。そういえば、首をやった人がなんであれを付けているのか、想像したことがなかった。

帰ってみんなで晩ごはんを食べた。炊けた米はとても美味しかった。

 

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まばたきをする体 2020.8~2021.4
古賀及子

A5版・178ページ
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めがねの道

息子の右目の視力が落ちた。学校の視力検査でそう知らせがあったし、息子自身が「こっち(左)の目で見えるものがこっち(右)の目で見えない」と片目を交互に隠しては壁にかけたカレンダーの文字を読んで言うのも聞いた。

中学校からの通達では医者にかかるほどではないギリギリのレベルとの見立てで、でも、お医者に相談したらきっと、低下したとはいえ右目の視力それほど弱まってはいないようです。ただ両目でものを見たときに視力の差があってアンバランスで、そういうのは眼精疲労を起こしやすいんですよ。ガチャ目とよくいいますが、専門的には不同視といいます。疲れは肩こりや頭痛の原因にもなりますから、眼鏡を作ることをおすすめします。みたいに言われて、聞いた私は、あっ! そうなんですね、この子は頭痛もちなんですが、もしかしたら原因のひとつはこの視力なのかもしれません。などと返す、きっとそうなるんじゃないかと考えた。

それで病院に行くことにした。はたしてそうなるかどうか、確かめに行くみたいに。

土曜日の午前、息子を連れて家から一番近い眼科に歩いていく。眼鏡は嫌だなあと息子は言うが、様相として絶対に嫌だというほどでもなさそうだ。理由があって嫌なのではなく、よくわかんないから嫌だというパターンだろう。このパターンは受け入れてしまえばだいたいそんなでもなくなる。

看護師さんが視力の測定するのだと息子を連れて測定室に入っていき、しばらくして眼鏡を作るのにレンズの調整をする人がかける例のあのスチームパンクみたいな眼鏡をかけた息子がにやにや出てきた。

「これ(笑)」「ああ、それ(笑)」

看護師さんが、いまレンズに度を入れてますから、これでしばらく様子をみながら、気分が悪くなったり頭痛がしないか、雑誌とかスマホを見て確かめてみてくださいと私にも伝えてくれた。

息子はスマホを所有しているがいつも携帯しない。それで今日も手ぶらでやってきた。待合室のラックに一冊だけ立っていたムック本を取って渡した。カルディの本だった。カルディで売っている商品のおすすめと、そうでもないものを特集した本だ。

しばらくして看護師さんがまたやってきて、息子は「ちょっと違和感があります」と伝えた。本当にちょっと違和感があったから素直にそう言っただけなんだろうが、なんでもいいやと軽んじ「はい、大丈夫です」と答えなかったことに頼もしさがわいた。

看護師さんが調整してくれて、息子はまたカルディのムックを読んだ。

「このままだと俺はカルディにめちゃくちゃ詳しくなるな」「なってくれたらとても助かるよ」

このムックを、私はじつは以前読んだことがある。娘が眼鏡を作るのでこの病院にかかったときに待ち時間に眺めた。カルディの商品に情熱的に詳細すぎて、あまりの情報量に集中して読み込むことが私にはできなかった。

息子が顔を上げた。眼鏡の度がまだ合わないのか、それともカルディの情報量にやられたか。「情報量が、おおい」だよね!

これなら大丈夫そうですとやりとりしたあとで看護師さんは「眼鏡の処方箋がいるんですよね、先生の診察のあとでお渡ししますので」と言って離れていって、あれ、そうか、もうすでに眼鏡を作る流れになっているのだなとはじめて気づいた。

病院というのは素人が思っている以上にものごとが早く進むことがある。

それから呼ばれた診察室で、医師は部屋を暗くして息子の目の粘膜を手早く観た。

問題ないようですから、さっき調整した度で眼鏡を作っていただければ大丈夫です。

はい、わかりましたと診察室を出た。気軽にやってきたらさらに思ってた以上の軽さで眼鏡へのきっぷを手にすることになった。あらかじめ「思う」ことの滑稽さに感じ入る次第である。こうして眼鏡に親しいみなさんは眼鏡の道に入っていくのだな。

私は視力が良い。他の何にも自信が持てず、ただ視力の良さだけを心の頼りに生きたころもあった。度を入れた眼鏡のことをまるで知らない。

「気球を見たのか」帰り際に息子に聞くと「見た」という。眼科にかかると、人は気球を見るらしいというのは、アレルギー理由でしか眼科にかかりつけない私にとっては伝説のような話だ。

娘はしばらく前に一足先に息子よりもずっと低めに視力を落としてすでに眼鏡をかけていて、息子も今日そういうことになった。二人とも、成長して気球の側に行った。

週末、処方箋を持って連れ立って眼鏡屋に行った。眼鏡なんつったらもう顔を変えるみたいなものだから、よほど悩んで決めるものだと思うんだけど、息子は買い物が大嫌いであれこれ悩むのを好かない。

私がこんなのどう? とひとつ渡したら、なんとなく試着して「じゃあこれで」というので、私は気軽に「こんなのどう?」などと安易に発言したことを後悔した。それからほかに2個かけさせて、でも結局最初のやつに決めた。

30分待つともう仕上げてくれるそうで、本屋でそれぞれ30分悩んで本を買って、できた眼鏡を受け取った。息子は眼鏡は顔に乗せ、ケースと保証書の入った小さな紙袋は手に店を出た。

眼鏡を上に上げて、それからかけて「両目で字が見える」と言っていた。

それから、ぴかぴかの眼鏡をかけて眼鏡屋の紙袋を持っているのは恥ずかしいからといって、紙袋を私に渡した。

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リステリンオリジナルと祖母と私と母

リステリンオリジナルを私は父方の祖母からおぼえた。

ここで言う「おぼえる」は、存在を教えてもらって知っておぼえるのみならずの、「たばこをおぼえる」とか「お酒をおぼえる」の「おぼえる」だ。リステリンを使う習慣を祖母にならった。

私は18歳で短大に入学するころ埼玉から東京の祖父母宅に居候として転がり込んだ。

そのころはまだ祖父母宅の洗面台にはあの1リットル入りのでかいダンベルみたいな容器はなかった。祖母の人生にリステリンが登場したのは、私が同居をはじめた後だったはずだ。

祖父母の家は交通の便の良い場所にあり、私が居候をはじめて少し経った頃、いとこ夫婦(祖父母にとっての孫夫婦)もやってきて住みついた。いったん私が先輩からシェアハウスに誘ってもらって離脱して、しばらくして祖父が脳梗塞で倒れて寝たきりになり、いとこ夫婦は自宅へ戻っていって、私が再度居候として帰ってきて、それからどれくらいだろう、祖父が亡くなった。

なんやかんやあったそのいつの間にかだった。リステリンが祖母の消耗品一覧のうちの、絶対に欠かしてはならないもののひとつに加わったのは。

祖母はリステリンのラインナップのなかでも強刺激品である「オリジナル」に強いこだわりを持っていた。それ以外は認めないと強固な立場を表明していた。

クールミントなど他のものでは甘すぎる、というのがその理由だと聞いたおぼえがあるが、そこにちょっとしたリステリンユーザとしてのプロ意識のようなものを祖母は持っていたように見えた。あれじゃなくちゃダメなのよ、みたいなことをよく言っていた。

祖父が死んだあとも私は居候として残った。

祖母の使うリステリンオリジナルをどうして私も使いはじめたのか、その記憶は全くない。いつかなんとなく祖母にならって使うようになったのだと思う。

そうするうちに、私も祖母と同じようにやっぱりリステリンはオリジナルじゃなくちゃあねとプライドを持つようになっていき、その自意識は祖母を喜ばせた。

リステリンオリジナルに対し祖母と私の間には「これだよね!」みたいなバイブスがあった。

さて、母である。

私が独立して祖母宅を出てから数年のあいだ祖母はひとりで暮らしていたが、そのうち腰を少しだけ悪くした。それで、生活を助けるために私の両親が祖母宅にやってきた。

そこで母もまた、祖母からリステリンオリジナルをおそわったのだ。

母は私が子どものころから大変に歯に難儀を抱える人である。さまざまな歯科治療を受けており独特の口腔ケアを行っていたようだが、なぜだろうリステリンのようなマウスウォッシュにはとくべつ銘柄の指定を持っていなかった。

祖母の強いこだわりはすぐに母に伝播した。リステリンオリジナルのもとに母も集うようになり、これで三代がその流派に名を置くこととなった。

このころリステリンシリーズには高価格帯で虫歯予防まで効果をひろげたトータルケアシリーズが登場し人気を集めていたが、私達はあくまでオリジナルを支持し続けた。

祖母は亡くなった。

しかし、リステリンオリジナルを私達親子は今もなお使い続けている。

毎年正月に実家にあいさつに行ったあと、私は必ず実家(かつての祖母宅)のちかくの商店街ででかいボトルを2本、2リットル分のリステリンオリジナルを買う。このあたりの商店街にはドラッグストアが数件あり、値段やセットを見比べてとても有利に仕入れることができるからだ。

運が良いとリステリンは1リットルボトルに250mlのボトルがついてくることがあり、これは「親子」と呼ばれて吉兆とされ、正月にめぐりあわせるととても縁起が良い。

母は私以上にリステリンをいかに安く買うかに日頃から執心しており、私が安く買って帰って帰るとなぜうちの分がないのかと怒る。得意になって1リットル分を母にドラッグストアで買ったとおりの値段で売る。

いまだに残念に思っていることがある。祖母がいつもどのドラッグストアでリステリンを買っていたのか、聞かなかったことだ。

祖母はリステリンを絶対に切らすことのないように、1本をストックとしてかならず保管し、1本空になるごとに真面目に買い足していた。重い1リットルボトルを、祖母は買い物カートに入れて引いて帰ってきたのだろう。

同居していたころは、使っても使っても祖母が必ず買い足すので、湧く泉のようだった。

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