まばたきをする体

めがねの道

息子の右目の視力が落ちた。学校の視力検査でそう知らせがあったし、息子自身が「こっち(左)の目で見えるものがこっち(右)の目で見えない」と片目を交互に隠しては壁にかけたカレンダーの文字を読んで言うのも聞いた。

中学校からの通達では医者にかかるほどではないギリギリのレベルとの見立てで、でも、お医者に相談したらきっと、低下したとはいえ右目の視力それほど弱まってはいないようです。ただ両目でものを見たときに視力の差があってアンバランスで、そういうのは眼精疲労を起こしやすいんですよ。ガチャ目とよくいいますが、専門的には不同視といいます。疲れは肩こりや頭痛の原因にもなりますから、眼鏡を作ることをおすすめします。みたいに言われて、聞いた私は、あっ! そうなんですね、この子は頭痛もちなんですが、もしかしたら原因のひとつはこの視力なのかもしれません。などと返す、きっとそうなるんじゃないかと考えた。

それで病院に行くことにした。はたしてそうなるかどうか、確かめに行くみたいに。

土曜日の午前、息子を連れて家から一番近い眼科に歩いていく。眼鏡は嫌だなあと息子は言うが、様相として絶対に嫌だというほどでもなさそうだ。理由があって嫌なのではなく、よくわかんないから嫌だというパターンだろう。このパターンは受け入れてしまえばだいたいそんなでもなくなる。

看護師さんが視力の測定するのだと息子を連れて測定室に入っていき、しばらくして眼鏡を作るのにレンズの調整をする人がかける例のあのスチームパンクみたいな眼鏡をかけた息子がにやにや出てきた。

「これ(笑)」「ああ、それ(笑)」

看護師さんが、いまレンズに度を入れてますから、これでしばらく様子をみながら、気分が悪くなったり頭痛がしないか、雑誌とかスマホを見て確かめてみてくださいと私にも伝えてくれた。

息子はスマホを所有しているがいつも携帯しない。それで今日も手ぶらでやってきた。待合室のラックに一冊だけ立っていたムック本を取って渡した。カルディの本だった。カルディで売っている商品のおすすめと、そうでもないものを特集した本だ。

しばらくして看護師さんがまたやってきて、息子は「ちょっと違和感があります」と伝えた。本当にちょっと違和感があったから素直にそう言っただけなんだろうが、なんでもいいやと軽んじ「はい、大丈夫です」と答えなかったことに頼もしさがわいた。

看護師さんが調整してくれて、息子はまたカルディのムックを読んだ。

「このままだと俺はカルディにめちゃくちゃ詳しくなるな」「なってくれたらとても助かるよ」

このムックを、私はじつは以前読んだことがある。娘が眼鏡を作るのでこの病院にかかったときに待ち時間に眺めた。カルディの商品に情熱的に詳細すぎて、あまりの情報量に集中して読み込むことが私にはできなかった。

息子が顔を上げた。眼鏡の度がまだ合わないのか、それともカルディの情報量にやられたか。「情報量が、おおい」だよね!

これなら大丈夫そうですとやりとりしたあとで看護師さんは「眼鏡の処方箋がいるんですよね、先生の診察のあとでお渡ししますので」と言って離れていって、あれ、そうか、もうすでに眼鏡を作る流れになっているのだなとはじめて気づいた。

病院というのは素人が思っている以上にものごとが早く進むことがある。

それから呼ばれた診察室で、医師は部屋を暗くして息子の目の粘膜を手早く観た。

問題ないようですから、さっき調整した度で眼鏡を作っていただければ大丈夫です。

はい、わかりましたと診察室を出た。気軽にやってきたらさらに思ってた以上の軽さで眼鏡へのきっぷを手にすることになった。あらかじめ「思う」ことの滑稽さに感じ入る次第である。こうして眼鏡に親しいみなさんは眼鏡の道に入っていくのだな。

私は視力が良い。他の何にも自信が持てず、ただ視力の良さだけを心の頼りに生きたころもあった。度を入れた眼鏡のことをまるで知らない。

「気球を見たのか」帰り際に息子に聞くと「見た」という。眼科にかかると、人は気球を見るらしいというのは、アレルギー理由でしか眼科にかかりつけない私にとっては伝説のような話だ。

娘はしばらく前に一足先に息子よりもずっと低めに視力を落としてすでに眼鏡をかけていて、息子も今日そういうことになった。二人とも、成長して気球の側に行った。

週末、処方箋を持って連れ立って眼鏡屋に行った。眼鏡なんつったらもう顔を変えるみたいなものだから、よほど悩んで決めるものだと思うんだけど、息子は買い物が大嫌いであれこれ悩むのを好かない。

私がこんなのどう? とひとつ渡したら、なんとなく試着して「じゃあこれで」というので、私は気軽に「こんなのどう?」などと安易に発言したことを後悔した。それからほかに2個かけさせて、でも結局最初のやつに決めた。

30分待つともう仕上げてくれるそうで、本屋でそれぞれ30分悩んで本を買って、できた眼鏡を受け取った。息子は眼鏡は顔に乗せ、ケースと保証書の入った小さな紙袋は手に店を出た。

眼鏡を上に上げて、それからかけて「両目で字が見える」と言っていた。

それから、ぴかぴかの眼鏡をかけて眼鏡屋の紙袋を持っているのは恥ずかしいからといって、紙袋を私に渡した。

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リステリンオリジナルと祖母と私と母

リステリンオリジナルを私は父方の祖母からおぼえた。

ここで言う「おぼえる」は、存在を教えてもらって知っておぼえるのみならずの、「たばこをおぼえる」とか「お酒をおぼえる」の「おぼえる」だ。リステリンを使う習慣を祖母にならった。

私は18歳で短大に入学するころ埼玉から東京の祖父母宅に居候として転がり込んだ。

そのころはまだ祖父母宅の洗面台にはあの1リットル入りのでかいダンベルみたいな容器はなかった。祖母の人生にリステリンが登場したのは、私が同居をはじめた後だったはずだ。

祖父母の家は交通の便の良い場所にあり、私が居候をはじめて少し経った頃、いとこ夫婦(祖父母にとっての孫夫婦)もやってきて住みついた。いったん私が先輩からシェアハウスに誘ってもらって離脱して、しばらくして祖父が脳梗塞で倒れて寝たきりになり、いとこ夫婦は自宅へ戻っていって、私が再度居候として帰ってきて、それからどれくらいだろう、祖父が亡くなった。

なんやかんやあったそのいつの間にかだった。リステリンが祖母の消耗品一覧のうちの、絶対に欠かしてはならないもののひとつに加わったのは。

祖母はリステリンのラインナップのなかでも強刺激品である「オリジナル」に強いこだわりを持っていた。それ以外は認めないと強固な立場を表明していた。

クールミントなど他のものでは甘すぎる、というのがその理由だと聞いたおぼえがあるが、そこにちょっとしたリステリンユーザとしてのプロ意識のようなものを祖母は持っていたように見えた。あれじゃなくちゃダメなのよ、みたいなことをよく言っていた。

祖父が死んだあとも私は居候として残った。

祖母の使うリステリンオリジナルをどうして私も使いはじめたのか、その記憶は全くない。いつかなんとなく祖母にならって使うようになったのだと思う。

そうするうちに、私も祖母と同じようにやっぱりリステリンはオリジナルじゃなくちゃあねとプライドを持つようになっていき、その自意識は祖母を喜ばせた。

リステリンオリジナルに対し祖母と私の間には「これだよね!」みたいなバイブスがあった。

さて、母である。

私が独立して祖母宅を出てから数年のあいだ祖母はひとりで暮らしていたが、そのうち腰を少しだけ悪くした。それで、生活を助けるために私の両親が祖母宅にやってきた。

そこで母もまた、祖母からリステリンオリジナルをおそわったのだ。

母は私が子どものころから大変に歯に難儀を抱える人である。さまざまな歯科治療を受けており独特の口腔ケアを行っていたようだが、なぜだろうリステリンのようなマウスウォッシュにはとくべつ銘柄の指定を持っていなかった。

祖母の強いこだわりはすぐに母に伝播した。リステリンオリジナルのもとに母も集うようになり、これで三代がその流派に名を置くこととなった。

このころリステリンシリーズには高価格帯で虫歯予防まで効果をひろげたトータルケアシリーズが登場し人気を集めていたが、私達はあくまでオリジナルを支持し続けた。

祖母は亡くなった。

しかし、リステリンオリジナルを私達親子は今もなお使い続けている。

毎年正月に実家にあいさつに行ったあと、私は必ず実家(かつての祖母宅)のちかくの商店街ででかいボトルを2本、2リットル分のリステリンオリジナルを買う。このあたりの商店街にはドラッグストアが数件あり、値段やセットを見比べてとても有利に仕入れることができるからだ。

運が良いとリステリンは1リットルボトルに250mlのボトルがついてくることがあり、これは「親子」と呼ばれて吉兆とされ、正月にめぐりあわせるととても縁起が良い。

母は私以上にリステリンをいかに安く買うかに日頃から執心しており、私が安く買って帰って帰るとなぜうちの分がないのかと怒る。得意になって1リットル分を母にドラッグストアで買ったとおりの値段で売る。

いまだに残念に思っていることがある。祖母がいつもどのドラッグストアでリステリンを買っていたのか、聞かなかったことだ。

祖母はリステリンを絶対に切らすことのないように、1本をストックとしてかならず保管し、1本空になるごとに真面目に買い足していた。重い1リットルボトルを、祖母は買い物カートに入れて引いて帰ってきたのだろう。

同居していたころは、使っても使っても祖母が必ず買い足すので、湧く泉のようだった。

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なじみの間違い電話

私にはなじみの間違い電話がある。

最初にかかってきたのはもう何年前だろう。

不動産投資の勧誘電話が増えてから見知らぬ番号の電話は取らずに最初に番号をネットで検索するようになったが、当時はまだ、どんな電話も脇がばがばでばんばん取っていた。

「佐藤さんですか、朝霧装飾の山下ですが」「あ、違います」「お、失礼いたしました」

単純に、なにも疑うことなくただ、電話番号を間違えたのだなと、このころはまだ間違い電話が今より日常的だったこともあり、それほど気にはしなかった。

「佐藤さんですか、朝霧装飾の山下ですが」「あ、違います」「お、失礼いたしました」

ほどなくして山下を名乗る声から2回めの間違い電話が入ったとき、これは怪しいぞと思った。

2回、同一の相手から間違い電話があったのははじめてだ。

もしや間違い電話などではなく、朝霧装飾はなにか詐欺的なグループで、私の電話番号をどうにかしようとしているのではないか。もしくは巧みになんらかの勧誘に結びつけようとしているのでは。

いぶかしむもしかし、名簿業者に電話番号を売るために番号の生存を確認しているのであれば電話は1回でいい。2回もかける必要はない。それに山下は間違いだというとハッとして電話をすぐに切る。なにか企んでいるとは思えないのだ。

「朝霧装飾」を検索した。勧誘系の電話主は名前さえわかれば検索で一発でその怪しみが暴かれることが多い。

朝霧装飾はどうも内装を主に請け負う会社のようだ。検索すると企業サイトに合わせてちゃんとGoogleマイビジネスの表示(なんか右側に出る会社概要と地図みたいなやつ)も出る。

寡聞にして知らない社名だったが、サイトを見ると江戸川区に本社を、また同区内に作業所も1ヶ所、そのほかに独立した支社や事業部が数か所都内と近県に点在している。

なんだ、立派な会社じゃないか。

沿革をみればなんと創業は昭和50年代と歴史がある。本社を起点に一進一退ながら今に至るまでに支社を広げ、苦労しながらも成長を続けているのが伝わる。資本金も成長にあわせ何度も増資されていた。

「常にお客様にご満足いただくことをモットーに、信頼を裏切らない仕事を」

トップページにはそうあった。きれいにメンテナンスされたページで、採用情報には生き生きと働く社員たちのインタビューが掲載されている。老若男女が登場し、仕事への熱意を語って若者へ希望を託していた。

朝霧装飾……! いい会社だ。

すっかり懐柔され、朝霧装飾さん自体は詐欺の会社ではないだろうことを私は確信した。

ということは、山下はなんなのか。

もしや、優良企業である朝霧装飾を騙りなにかを企てているのか。それとも、単純に前回間違い電話をした際に携帯電話のアドレス帳の書き換えをせず、またかけてしまったのか。

よくわからないまま、そちらがその気ならこちらもとアドレス帳に「朝霧装飾 山下」を登録した。

それからはもう山下からの電話はなかった。なんとも思うことなく忘れ、でも一度だけ、居間の障子の破れたのを見て「これも朝霧装飾だったら綺麗になおしてくれるのだろうな」などと想像するがそれきりだった。

どれくらい経っただろう。ある日、見知らぬ番号から電話があった。

その頃もう私はかつての私ではなかった。さんざん不動産投資やセールスの電話を取り、未知の番号からの電話は番号を検索するまで取らないように心がけていた。

ただそのときは、ちょうど宅配便の配達を待っていたところだったのだ。もしや道に迷った配達員さんかもしれないと取った。私のすむあたりは地番がわかりにくい。

「もしもし? 佐藤さん? 朝霧装飾の渡部です」

……朝霧装飾だ! しかし渡部とは!

「もしもし?」

渡部はなんだか、山下よりも態度がでかい。

「あの、すみません、こちらの番号は佐藤ではありません」

丁寧に、できるだけはっきり伝えた。佐藤では、ないのですよ。

渡部は「すみません、間違えました」と切った。

どういうことなんだ。

入電は山下の電話番号からではない。はじめて着信する、私のアドレス帳が記憶しない番号だ。そして番号だけではなく人間の方も渡部と新しい。

山下同様、渡部の電話番号も登録しておくことにした。「朝霧装飾 渡部」またかかってくるかもしれない。

しかし、またかかってくるかもしれない、ではなかったのだ。

スマホのアドレス帳に登録したところ、着信履歴にたまっていたいくつかの見知らぬ番号が「朝霧装飾 渡部」に変わった。怪しんで取らなかったり、移動中でとれなかったりした電話だ。おまえ、渡部だったのか。

そこでハッとわかった。

私の番号は、佐藤氏と呼ばれる人物の電話番号として朝霧装飾のデータベースに登録されているんじゃないか。

朝霧装飾は大きな会社である。社には部を横断した取引先のデータベースがあり、集約して管理されている。渡部がしつこくかけてくるのも無理はない。社のデータベースに載っている番号なのだ。間違いだとは思わないだろう。

山下は、辞めたのだろうか。いや、異動でもしたかもしれない。あの朝霧装飾だから、ポストも様々あるだろう。後任である渡部に対し、山下はとくに佐藤氏について詳しく引き継ぐことをしなかった。データベースがあるのだから必要ない。

こう推測すると、まず言いたいのは山下に対して、最初の間違い電話でなぜデータベースを修正しなかったのかよ、ということだ。

おそらく2度間違い電話をしたタイミングで自身のスマホのアドレス帳の方は修正したのだろう。一緒に修正してくれ、取引先登録も。

そう思ういっぽうで山下の気持ちも分かる。取引先登録みたいなやつを修正するのは案外手間なものだ。朝霧装飾は優良企業だが、もしかしたら横の連携は弱いのかもしれない。

営業の山下がデータベースを修正するには紙で修正依頼を回送する必要があるんだろう。課長に回し部長に回してから、データベースを管理するコーポレート部門の担当に持っていかねばならない。これは面倒だ。山下、私もやらないよそれは(やります)。

こうなってしまうとどうしたらよいか。朝霧装飾のことはもう住所も代表電話もこちらにはわかっている。電話をかけて、これこれこういう理由でおたくさまの会社のデータベースに私の電話番号が誤登録されているようなのです、などと訴えるのが良いのだろうか。

いや。

朝霧装飾は真面目な会社だ。社をあげて間違い電話をしていたなどと大事になって山下や渡部が責めを負うようになっては良くない。異動してちょっと出世したかもしれない山下、そして山下の後任となったばかりではりきっている渡部。気の毒だ。

……とそこまでの思い入れはさすがになく、間違い電話がたまにかかるくらいで困らされているわけでもないのだからとまた放った。

そこからしばらくの時がすぎた。春夏秋冬と季節が何度かサイクルした。

世の中がパンデミック一色になり、私は勤務をおおむね自宅で行うように、会議もリモートが中心になった。

長い会議がある日だった。午後一番から夕方までずっと何本かの会議を渡り歩く。

山下から電話がきた。

朝霧装飾の山下だ。

うわっ! 山下、久しぶりじゃん! と思うも私は会議中である。着信音をオフにしてとりあえず会議に集中した。

ひとつ会議を終えて電話を見ると、山下から30分おきに1回のペースで着信している。こんな着信、恋人からでも経験がない。

山下、大丈夫かよと思いながらも時間がなく次の会議へ。終わるころ確認すると、また同じようにたくさんの着信と、それからショートメッセージが入っていた。

「佐藤さま 朝霧装飾の高井です のちほどまたお電話いたします」

……んっ?

高井!?

山下じゃない!

これはなんだ、社給の端末の番号が、山下から高井に受け継がれたということか。

山下はついに辞めたんだろうか。渡部は元気だろうか。

しかしどうしよう。高井のこの、私を佐藤氏だと疑っていない様子から、データベースはいまだ修正されていないと思われる。

私にはなじみの間違い電話がある。ちょっと恐ろしく、なにか可笑しなことでもある。

可笑しみ続けるのも良いのかもしれないけど、高井という新たな人物からのショートメッセージ。これは長くつづくボタンのかけちがいをなおす千載一遇のチャンスだと思った。

そろそろ私達の関係も潮時だろう。

高井に向け「大変恐縮ですが、私は佐藤さまとおっしゃる方ではありません。貴社の数名の方からお間違いの電話をいただいているようでして、お手数ですがご確認いただければ幸いです」こう送り返した。

高井からすぐに「大変申し訳ございません、確認いたします」と返事があった。

以来しばらく、朝霧装飾からは連絡がない。沿革をみると最近はまた新たなサービスをはじめ、業績は順調のようだ。


※企業名、個人名は仮名にしました!

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レシピ、カット済み食材、調味料がセットになった「ミールキット」が便利だしおもしろい理由

0.ミールキットとの出会い

日々の献立に悩まされ続けている。

私はせっかちでめんどうくさがりで圧倒的に料理に向いていない。ケチで買い物も下手だ。

大人になって最初のころは料理という作業が目新しくて面白がってよくやっていたが、30代に入っててきめんに飽きた。

原因として、そもそも食事にさほど興味がないというのがある。

生来の鼻炎持ちで20代のころよくない点鼻薬を乱用したせいか、嗅覚がにぶい。においに敏感でないのでおそらく人並みにおいしいものがが楽しめていないんじゃないかと思う。それについては困ってはいないし、悲観もしておらず、そういうものだなあと思って暮らしているけれど、多分それであまり食事に熱心になれないんだと思う。

20代のころはフルで自炊だったのが、30代で冷凍食品や惣菜に頼るようになり、40代で出前も使い始めた。冷凍食品も惣菜も出前もすべてがすばらしく、ありがたく使ってはいるのだけど、ただいかんせん種類が限られてくる。

成長期の子どもたちの事も考えると365日、毎晩ある程度の代わり映えと栄養がある食卓にはしたい。

それで、いちどは辞めた生協にもう一度入ってみることにした。最近実家の母が加入して、むかしにくらべて惣菜や冷凍食品のバリエーションが増えたと聞いた。

登録をすませ、ウェブのカタログを見るとなるほど確かに以前私が登録していたころよりずっと惣菜の種類が多い。

それに、カット済みの肉野菜とレシピに調味料までがセットになった「ミールキット」も十数種類もある。最初、わざわざ調理するくらいなら、これもう惣菜を買ったほうがいいんじゃないかとも思ったが、種類の多さに楽しくなった。

うちは2人の小中学生と私の3人暮らしで、メンバー分を考えて買うとふつうに野菜、肉や魚を買って調理するよりずっと割高だけれど(怖くてどれくらい高いか計算はしていない!)、腹をくくってミールキットを3種類それぞれ人数分購入してみた。

前置きが長くなったが、そうして試したミールキットがめちゃくちゃ良かった。それに面白かったんである。

1.献立を考えなくて良い

いにしえから家庭に伝わる悩みといえば献立だろう。冷蔵庫に何もない、検討要素ゼロから献立を日々創出するのはとても難儀だ。

よく「冷蔵庫にあるもので献立を考えちゃちゃっと作る」ことが料理上手の生態として語られることがあるが、あれは料理の世界では上級とはいえないスキルだと思う。

冷蔵庫に何かしらあれば何らかは作れる。そもそも、無いのだ。冷蔵庫には。なにも。そこから考えねばならないのだ。

何を作るか。用意された十数種類からミールキットさえ選べば「考える」ことが放棄できる。これはすごい。

2.レシピに最適な買い物がすんでいる

何をどれだけ買ってくるかの検討ももう済んでいる。これがまたすばらしい。

私は普段ウェブメディアの編集部におり企画記事の制作に携わっているが、収録で何が大変かというと、買い物だ。物品の調達のウェイトがひじょうに高い。

コンテンツ制作の裏にはかならず重めの作業として「手配」がある。これはコンテンツが料理でもまったく同じで、先にも書いたが買い物をしないことには家の冷蔵庫にはなにもない。その調達が献立を選んだ時点ですっかり終わっているのがすばらしい。

しかも、揃っているのは添付のレシピを仕上げるのに最適の素材たちだ。

料理の苦手な民のひとつの弱点として「レシピ通りに必要なものが買えない」というのがあると思う。レシピに「いんげん」と書いてあっても、いざ買い物に行っていんげんが割高だとびびって買えない。

友人にとても料理の上手な人がいるのだけど、買い物にいちど同行したところ、季節だからといって安い小松菜をスルーしてフキノトウをカゴに入れていた。そういうことがどうしても私にはできない。

ミールキットならもしフキノトウが必要なレシピであれば問答無用で入っているわけだ。

3.野菜が切ってある「私ではない誰か」が作った感

ミールキットにもいろいろあるようだが、私の頼んだものは野菜がすでに切ってセットされているもの。

正直、こればかりは「自分で切ればもうちょっと安くなるんじゃないか」などと思ったものだが、いざ調理してみるとこれこそがミールキットという概念が生み出し成し得た部分というくらいだった。

パックを開封してごろごろ鍋だのフライパンだのに移す。自分の手がほとんどかからない。圧倒的に楽だ。大変にありがたい。

しかし、あらかじめ野菜が切ってある利点の肝は「楽さ」ではない。

適切な切り方がされているため食べたときの口当たりがとても良く、これが「私ではない誰か」が作ったように感じさせるのだ。

多くの人が常々「あ~、誰かが作った飯が食いたいな~」と思って生きているものではないか。その良さがここにある。

火にかけたのは私自身であることから、不思議な感覚でとてもおもしろい。

4.味の強弱付けで得る自作の充実感

ミールキットのことは以前から知っていたが、これまで手を出さなかった理由として「ここまで人の手に委ねるなら惣菜と同じでは」という思いがあったからだった。

だが調味料の量を自由に調節できるということが実はとても大事だということに実際調理をして気付かされた。自分の食べたい味にする満足感、料理をしているという充実感につながる。

また単純に、料理の工程のなかで調味料を合わせることほど面倒で難解で失敗につながるパートもない。実際私はクックドゥやらなにやらスーパーでしょっちゅうタレを買っている。

ミールキットはつまり、いつも買ってるタレになんなら食材が付いている、という事態でもある。まったく強い。

5.賞味期限にはびびった

と、以上がミールキットのスーパーハッピーストーリーなんだけれども、実は今回はじめて注文してみて、ひとつ想定外だったのが賞味期限だった。

注文したキットはすべて冷蔵保存で生肉がセットされている。その関係で、配達された3つのキットの期限がすべて配達翌日だった。よく考えれば(あとよく注意書きを見れば)分かることなのだけど、気づけなかった。

あわてて配達当日、翌日、翌々日(最終日だけ賞味期限1日切れ)で食べきった。

うまくいったら毎週4セット買ってウィークデーのうち4日をまかなおうとすら思っていたのだけど、そこは要検討になっている……ということをTwitterに書いたら、オイシックスは賞味期限がコントロールしやすいと教えていただいた。

オイシックスは今買っているものよりもだいぶ高いみたいだけれど、エンゲル係数と相談して試してみたいと思います。

6.そして食事は続く

毎日スーパーに行く頃があって、週末大きなスーパーでまとめ買いする頃があって、生協で毎週注文する頃が、ネットスーパーで必要なときにまとめて注文する頃が、これまでの食事人生でいろんな頃があった。

今回すっかりミールキットにすげえすげえとお祭り騒ぎになってはいるけれど、これはかつてネットスーパーを体験して感じた一時的な興奮にも似ている。

そして食事は続く。手配も続く。いろいろ試して便利だとか美味しいとか面白いとかいいながら暮らしていく。

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こんなにもくよくよする

居間のソファにすわって本を読んでいると、玄関の前に誰かが立つ音がした。

この家は狭く、ひとり静かにしてラジオもテレビもつけないでいると、住宅の深部にいても玄関の気配がわかる。

来るか!? と思った。鳴るか……鳴るか……? チャイムが鳴るか……!? 鳴らない場合もあって、置き配のドライバーさんの場合がそう。

わたしはこの日、人を待っていた。町会費の回収に工務店の女将さんが来ることになっている。こちらから届けに行った方が早いんじゃないかといつも思うのだけど、徴収もれがないようにと毎年役員さんがわざわざ各戸をまわって取りにきてくれることになっていて、その日時が事前に回覧板で知らされていた。

そういう予定があったものだから、来るか!? という思いはいつもより強く、しばらくしてチャイムがならないので、あれ? ちょっとだけ、何かの間違いで帰ってしまったかなと思うが、いやいやそんな訳はと一度浮いた腰をまた落とした。

それからすぐまた気配がして、気配の直後今度は鍵穴ががちゃがちゃまわる音がするので息子か娘かどちらかが帰ってきたのだとすぐに分かった。

息子だ。なんか、これ郵便受けに、とA5くらいのサイズの紙を渡された。ボールペンで丁寧にこう書いてあった。

「町会費の回収にお伺いいたしました。いらっしゃいませんでしたので、また来週伺います」

えっ!

えーっ。

そのまま突っかけを履いて飛び出した。もしかしたら女将さん、まだどこか近くにいるかもしれない。

実はわたしは今日のこの日をちゃんと、そう、「ちゃんと」待っていたのだ。回覧板で徴収日が知らされたのは先週の金曜日、確認してすぐに現金を封筒に入れて用意した。玄関に置いて、それから日めくりカレンダーの今日のページに「町会費の回収、午後」とボールペンで書いた。

日めくりカレンダーは1枚1枚がトレーシングペーパーくらい薄い。だから翌日と翌々日と、そのまた次の日までボールペンの筆圧が跡になった。ちゃんと書いておいた。楽しみにしていたといっても良い。

探した近所に女将さんはいなかった。

かつて同じようなことが一度だけあった。息子の誕生日祝に親戚が自転車を贈ってくれて、大物の宅配ということもあり業者さんと宅配の日をきちんと握り合った。それで待っていたが来ず、すると電話が来た。

インターホンを数回鳴らしたし、ドアもノックのだけど誰も出ていただけなくてと困った様子のドライバーさんだった。

います! いるんです!

ドアを開けると玄関のすぐ前に自転車を台車に乗せたドライバーさんがいた。

インターホンの不調だろうか、ドライバーさんの勘違いか、なんだか分からないまま、でもそのときは電話があったからよかった。今日は違う。女将さんはもう帰ってしまった。

私は、いま思えばなぜそこまでと思うほどにくよくよした。

玄関で気配を感じたのになんで飛び出さなかったのか、それに、来客があっても気づかない家というのは、家として根本的におかしいではないか。不遇で怪我をしたような気持ちになった。飛び出した突っかけの足でこんどはとぼとぼ家に戻った。工務店に電話をするが土曜日で休業のようだった。

かつての自転車配達のこともある、壊れかけのチャイムがいよいよ不調なのだろう。玄関に立つとインターホンのボタンを強く押す。すると「はい」とスピーカーは応じた。室内の息子だ。作動している。

なぜ、女将さんのときに鳴らなかったのか。悔しみは増し、今度は私が部屋にいて息子を外に出してボタンを押させるとほがらかにチャイムは鳴った。帰ってきた娘にも押させて鳴った。

その日はたっぷりうなされて寝た。またくよくよした。

脂汗をかいて寝て起きた翌日の朝。宅配便が帰った。

在宅勤務をしていて、そういえば新聞がまだ郵便受けだなと取りに行ったところ不在票が入っていたのだ。私はずっと家にいた。

嫌だ! 一瞬ですねたが、一方で解決を! との気持ちがすぐに立ち上がった。ドライバーさんに電話をして、すみません居たのに気づかなかったのです。言うと優しくすぐにまた伺いますから大丈夫ですよと言ってくれる。申し訳ない。

この優しさに甘え「あの、インターホンって鳴らしてくださいましたか?」と聞いてみた。

「はい、3回くらい鳴らしたんですが……」ということだった。

ああ……。インターホンが、壊れているのだ。昨日のくよくよが一層深まりながら、しかし物事は動き解決に向かっていく可能性も感じた。光が見えるような救いがあった。

家族が押していくら鳴るとはいえ、女将さんとドライバーさんが押して鳴らないインターホンは、間違いなく壊れている。

電話を切って、スマホのカメラを動画モードにしてスタートを押しテーブルに置いた。ゆっくり静かに玄関の外に出て、インターホンのボタンを押す。

戻って動画の録画を停止させ、記録を確認した。あれだけ静かに玄関を出てもそれなりに足音と、それからドアの閉まる音が収録されていた。それから

ピンポーン

元気なチャイムの音がした。

私は、インターホンの修理窓口になんて言えば良いんだろう。

メーカーの修理案内をサイトを開き、申し込みフォームに住所や型番を書いていく。故障状況の欄のさまざまな選択肢をながめて、あっ! となった。

>作動するときと、しないときがある

さては……よくあることなのだな……。納得がいった気持ちで修理を申し込みフォームにぽちぽち入力していると、玄関先に気配がしてハッとして帰らないで! と飛び出した。作業服の方が「水道の検針しました……検針票はポストに……」と急に飛び出した私に驚いたように言ったので頭を下げて検針票を郵便受けから取って引っ込んだ。

うちのインターホンはおそらく私達家族の前に住んでいた方々の頃から使っているものだろう。28年経っている。

すぐにメーカーから返事があった。インターホンは10年でのお取替えをおすすめしておりますとの一文があった。

町内会費は翌週払った。

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日記「まばたきをする体」まいにち更新終了のごあんない

2018年10月から日々欠かさず謎の意欲で休まず更新してきた古賀及子の日記「まばたきをする体」ですが、2021年4月9日をもってまいにち更新を終了することにしました。

日記の更新をやめるのにおおげさにエントリ上げる必要あるかな!? と照れるところもありますが、更新のお知らせツイートにかかさずRT、Favをくださる方、はてなスターやnoteのスキを、私の全力更新にふり落されることなく毎日押し続けてくださる方がたくさんいらっしゃりはげまされていたためこのようにご挨拶さしあげることにしました。

みなさまのアイコンは全部けっして忘れません! もちろんたまに読んで応援してくださったみなさまのアイコンも忘れません、アイコンの記憶力には自信があります!

イベントに出ると読んでますとお声がけやお手紙をいただき、時には街で声をかけてはげましてくださる方があらわれ、podcastのおたよりでも暮らしに心を寄せてもらうなど本当に頼もしい日々でした。

終了の理由はとくになく、続けようと思えば死ぬまで続けられるなという手ごたえはありまして、ほんとうになんとなくであります(敬礼のポーズ)。

なお、バックナンバーは公開し続けておりますのでよろしければぜひぜひご覧ください~! 

はてなブログバックナンバー
https://mabatakiwosurukarada.hatenablog.com/archive

noteのバックナンバー
https://note.com/eatmorecakes/m/m9a0a659f0c67

※なんと同じものを二つのサービスに載せてます。内容はまさかの同じです!

今後は未定ですが、ぼちぼちなにかあったら更新していくスタイルに戻るかな~と思います。これまでのような日記を不定期で更新するかもしれないです。

なんらか更新した際はツイッターでお知らせいたします。よろしければフォローをぜひぜひお待ちしています

日記の同人誌もご支援ありがとうございます。ネットで読めるものをわざわざ紙で買ってくださる方の多さにも本当に感激しました。まだ書籍化できていない2020年8月~2021年4月分についてはぜひ続刊したいと思っておりまして、こちらも追ってお知らせいたします。

既刊はこちらで扱っておりますのでまだの方がもしいらしたらぜひぜひ! 自宅から心をこめてうざったくなりすぎないように気を付けて送っておりますので!

というわけで、あらためてわたしの日々を見守ってくださりありがとうございました。

そして人が日記を毎日ネットにのせるのをやめるという謎の知らせを最後までご覧いただきありがとうございます!

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古賀及子(こがちかこ)・まばたきをする体とは
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この日記を本にして売っておりまして、販売所はこちらでーす。

大阪のシカクさん、下北沢の日記屋 月日さん、赤坂の双子のライオン堂さん、天王寺のスタンダードブックストアさんでも取り扱っていただいております~(在庫状況はお店さんへお問い合わせいただけるとうれしいです)。

ぷ。 ←ボウリングで球を転がす人

朝は満を持してのカステラ。

山に暮らす子らの父からの仕送り荷物に入っていた。そもそも切れ端の詰め合わせのうえ、ほかの荷物に押されてつぶれているのがいよいよおいしそう。

子どもたちから食べていいかどうかこの数日ずっと聞かれ続けていたが、こういう重ためのお菓子を2切れ、3切れと多めに朝ご飯として食べるのが私の流儀であり、機が熟すのを待った。

食べてうまいうまい。子どもたちもそれぞれに手ごたえを得ていたようだった。

人々が学校へ散り、私も在宅勤務。

適当に昼をすませて午後は事務所へ行き、久しぶりに午後いっぱい会社で働いた。退勤処理をして会社を出ると、おお! 仕事が終わって帰るな! という久しぶりの感じ。

感染対策で在宅勤務が続き退勤というのは頭でする(よし、仕事は終わりと頭で思うのみ)ものになっていたが、久しぶりに体で退勤した。

帰りにスーパーに寄って足りないものを買いだす。小学生くらいの女の子たちがスナック菓子を選んでおり、グラムあたりの値段をめちゃくちゃ厳しく計算し比較ていて頼もしかった。

雨が降ってきた。急いで帰り洗濯を入れた。

この家には「オタタ」といいう作業がある。学生のころ服屋でバイトしていて、その店が採用していた、お客を待つ基本動作が「オタタミ」だった。服を広げてはたたむ。きれいにたたんであっても、ひろげてたたむ。自然に働いている感じを出し、やってきて品定めをするお客さんにそれとなく近づきトークで購入をおすすめする戦術だ。

家族のそれぞれが自分の洗濯物を自分でたたむことにして、最初のころ服屋の言葉を思い出し「オタタミしてね」と子どもたちに声をかけていたが、それがそのうち「オタタ」になった。

子らにオタタの声がけを今日もした。

服屋で働いていていちばん驚いたのは、正月の福袋の紙袋を、前年は本部の渋い婦人服ブランドのものだったのをちゃんとその店の横文字のロゴ入り袋にしたところ3倍売れたことか。さもありなんとは思うが、中は同じなのだ。

「さもありなん」に「でも中は同じ」の衝撃が勝ったのを覚えている。

3倍売れた年、入ってた服がちいさすぎて着られないとクレームが入り、むかついたらしき店長が実際着て「はいりますけど」と応戦していたのを今もたまに思い出す。そりゃ同じサイズ表記であれ はいる人とはいらん人がいるわな。

結局返品に応じて、ただ福袋は返品不可商品だったのでレジが打てず、店長が自腹で買い取るかたちで返金をして、すぐに店頭に出して売ってお金を回収していた。

音楽に興味のないメンバーが働いていたのでユーロビートみたいな1枚のCDをめちゃくちゃにローテーションしまくっていて、そのなかの1曲に女のあえぎ声みたいなのがちょっと入ってる曲があって接客時にかかると照れた。

急に思い出して調べたが、当時数店あったはずのその名前の店はもうどこにもなくて、本部の渋い婦人服ブランドもなく、ただおおもとの会社は存在して今は別の3つブランドを運営していた。

よく見たらそのうちの一つのブランドの服を持っている。あの服そうだったのか。

晩は適当に食べて、夜息子がボウリングで球を投げる格好を急にして、レシートの裏に「ぷ。」と書いた。

いつだったか、息子がどこかで見たのか「ぷ。」がボウリングの投球の様子のようだと教えてもらって味わったことがあったが(※追記「トリビアの泉」で取り上げられたものと教えてもらいました!)、それを久しぶりにまた二人で見た。

「投げてるな」「投げてるよね」

レシートの写真をスマホで撮ると、息子も撮っていた。

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