まばたきをする体

運命が肉を買わせようとしてくる

運命が肉を買わせようとしてくる日だった。

生協に加入している。生協は古くからある協同体でその存在は一言では説明できない深いものだと思うのだけど、私はざっくり、毎週注文した食料品を届けてもらう目的で利用している。

主な調達品はミールキット、すでに切ってある肉と野菜と調味料が一体になっているやつ。火を通して味をつければ料理が終わるのがめちゃくちゃに便利でもう半年くらい使っている。

毎週、翌週分をネットから注文するのだけど、おおむねの注文内容はミールキットと牛乳と卵、あとちょっと高いけどおいしいから少しお菓子も頼む(芋ようかんとチーズケーキが特に好きだった)。

肉や野菜はミールキットに入っているから個別で頼むことは一度もなかった。

のだけど、来週分の注文で珍しく頼むことにした。

というのも、クックドゥ的な野菜や肉を炒めたところに使う調味液を大量にもらって、ということは肉や野菜をキットではなく単品で買って用意する必要が発生した。

加入している生協は自然食の好きな母に紹介してもらったところで、全体的にちょっと意識が高く価格も高い。肉の100gの値段も近所のスーパーの1.5倍から2倍くらいはする。

だから、いやあちょっとね、多分買う度胸はない値段だとは思うんだけどね、一応、値段を見るだけ見ておきますかと注文画面の品物カテゴリから「肉」を選んで開いた。

豚肉の小間切れが安い。

えっ、あれ、ここの生協、肉こんな値段だっけ? 思って迷わずカートに入れた。

へえ、こんなに安いなら毎週買えるなあと思ったのが午前の話。

学校が休校で家にいるほぼ寝巻の息子と一緒に、レトルトのソースに炒めた玉ねぎをいれて作ったナポリタンをたぐって午後、生協の、今週分の配達がやってきた。

配達員さんは毎回おなじ、気の良い男性がやってくる。すごく若い。はじめて配達にきてくれたとき、あれ、もしかしたら10代だろうかとも思ったくらいなんだけど、多分配達員さんが若いのではなくて、私が年を取ったということなんだと最近は理解している。

わたしが30代のときに(ずいぶんお若い方だな、10代じゃなかろうか?)と感じたこの感覚が、10歳分上にスライドしたんじゃないかという理論。

私はいま40代なので、(ずいぶんお若い方だな)の感じが、20代になってるんじゃないかという。

とにかく配達員さんはいつものようにサッサッと荷物をとりだし受け渡してくれた。そして、帰り際に言った。

「あ、そうだ。今週豚の小間切れがお安いんですよ。ご注文いかがですか」

配達員さんが商品の営業をすることはこれまでほとんどなかった。

一度だけ、「ほうれん草の引き売りをやってるんですがいかがですか」と言われたことがあって、「引き売りってなんですか?」聞くと、言葉通り、引いて売る、いま持ってきていてそれを売っている、ということで、買ったことがあった。

それで今回も引き売りなのか? と思って聞くと、そうじゃなくて来週の配達分だという。「豚肉がすごくお安いんですよ」

「小間切れ、私さっき、注文しました」
「そうでしたか! こんな値段がつくことないのでみなさんにご案内してるんです」

もうご注文済みなら、そんならよかったですと配達員さんは帰っていった。

……。

つまりこれは状況としてはこういうことだ。

・私は普段は買わない生協の豚肉を注文した
→偶然にもそれは通常にはない破格の値付けであった

・配達員さんは配達先の各戸へ肉の安さを告げて回っている
→もし午前中に注文をしていなければ、これを聞いて私はきっと買ったろう

時空に二重の買ったが発生している。

「偶然、豚の小間切れを買った」これが現実に発生したことだが、もし買わなくても、「知らされて、必然的に豚の小間切れを買う」運命が待っている。

今日の私は偶然にも必然にも、豚の小間切れを買う運命であった。

ここには「もしも」がない。

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かつてなくIDとパスワードがこわい

IDとパスワードがどうしても認証されず3日が経った。

パスワード認証がうまくいかないのは、それはもうよくあることで、というか、しばらく使っていないサービスにログインしようとするとむしろひっかかることのほうが普通だ。

いまや以前のように自力でIDとパスワードを管理せずともブラウザが覚えておいてくれて、そのうえブラウザの方からセキュリティ的にOKな感じのパスワードを提案してもくれ、つまりかなりパスワードというものが頼りない私の手からは離れるようになってきた。

それでもなお、ずいぶん前に登録したサイトだったり、ブラウザの提案する系のパスワードを受け付けないサービスだったりすると曖昧な自力が必要になる。

パスワードが不明の場合、パスワード以外のなんらかの情報を与えてうまいこと通り抜けると登録したメールアドレス宛にパスワードを新規に発行するためのページが案内される。

この「なんらかの情報」が噛み合わず難儀することも多いが基本的には、それでパスワードを再発行することで扉が開かれる。

不思議なもので、パスワードを再発行しようとすると

>現在のパスワードと同じパスワードには変更できません

と跳ね返されることが一度ならずともあった。

これはつまり、パスワードは合っていて、でもなぜかパスワードが間違っていてログインができなかった、ということだ。

完全な謎状態であり、パスワードの有機性みたいなものを物語っているように思う。

ちなみにこの「再発行」が即時とはいかないパターンのこともまあまあにある。

高校生のころ、父がパソコンを買った。憧れのインターネットを使うべく、プロバイダ契約もしてもらった。

サービスへのログインパスワードを初期パスワードから変更した。なんとなく、家族の名前の頭文字のアルファベットを並べたパスワードだった。さあログインしようとするのだがログインできなかった。どうやってもできない。

コールセンターに電話したところ、郵送でのパスワード再発行になった。

そうしてする再発行は、手間だけれど、それでうまういけばまあ御の字というか、事象としてネガティブなことはまだひとつも起きていない、そこでゼロ地点、みたいな印象がある(つまり、すんなりIDとパスワードを覚えていていきなり入れた場合などはもはやプラス50点)。

パスワードで困る、というのはここから先のことを言う。

パスワードを再発行してなお、なぜかログインできないということが、まあまあ経験上は数回あるからだ。

新しくしたパスワードをいきなり忘れるというのはクラシックでもはやチャーミングなことだと思う。新しくしたパスワードをコピペしたところなんでか半角スペースだとか謎の英数記号が混ざっていたりなんてこともある。風情あることだ。

一瞬冷や汗は出るしいわゆる「手こずった」状態にはなるが、なんにせよ、再々発行なり、ミスに気づくなりして扉は開く。

それが、3日前からどうしても開かない扉がある。

利用している携帯電話の会社の会員ページにログインできず、これがどうしても開かない。

ログインに必要な情報はIDとパスワードのみだった。IDはメールアドレスではないパターンだが、契約時の書類がとってあり(すごいことだ)すぐに分かった。

ただパスワードが不明だ。ブラウザが覚えてない。いくつか打ち込んでみても認証されず、すぐに再設定に進んだ。

再設定はIDとメールアドレスが照合してすぐにメールアドレス宛に再設定用のURLを飛ばすことができ、パターンとしては楽勝ルートだった。

再設定画面で新しいパスワードを入れる。パスワード再設定完了画面には堂々といま入力したパスワードが隠されず表示され、ちょとひるむが「よし、間違いなくこのとおり変えたぞ」と確認ができ安心でもあった。下に「ログイン画面はこちら」とのボタンも設置され、押下でさきほどの画面に戻った。

記憶されていたIDと、いま変更したパスワードを入力する。

「IDとパスワードが認証されません」

おや?

入れない。

もう2度入れてだめで、テキストエディタでさっき変更完了画面で見たパスワードを確かに入力してペーストしてみてもだめだった。

そのうち、ロックがかかってしまった。数回パスワードを間違えると数時間入力ができなくなるらしい。

ややこしいな、なにか間違えてしまったんだろうな、そう思って寝て、翌朝はもう昨日のパスワードは諦めて、再度パスワードを再発行することにした。

前日設定したのはセキュリティ面をかんがみ複雑なものにしていたが、今度は確かに同一のパスワードを入力するためにも規定の条件を満たす単純なパスワードに設定する。ログインできたらすぐにパスワード変更をすれば問題なかろう。

しかしそれでもだめなのだ。「認証されません」という画面が出続ける。

手に負えないのを感じ、ロックされる前にコールセンターに電話をしてみることにした。もしかしたら何かごくごく単純な勘違いをしているのかもしれないと思った。

事情を話すと、電話口のスタッフの方はとても申し訳無さそうな様子で、こちらこそほんとにすみませんと、おたがいぺこぺこしながらあれこれと質問と対応にこたえた。

・キャッシュを削除する
・ブラウザを変える
・端末を変える
WiFiを切ってデータ通信を使う

スタッフの方と一緒に、事前にこちらで試していたこともふくめすべて試した。

最初のうちは、これですぐに認証されてしまうと電話までして乗り込んだのが恥ずかしいという気持ちが少しだけあって、ちょっとは手こずってほしいななどと考えてもしまったけれど、試せども試せどもだめなので最後はちゃんと「認証してくれ」という気持ちになった。

でも、だめだった。

パスワードの変更履歴も確認してくれて、ちゃんと昨日と今日、変更手続きがされている履歴が残っており新しいパスワードは生きていると言う。

結局どうなったかというと「大変申し訳無いのですが、わかりません」ということだった。

そうして、ものすごく丁寧に「たぶんそのうちなおると思います」といった内容のことを伝えられた。

会員ページにログインして何がしたかったのでしょうと、これも丁寧に尋ねられたので、新規で契約をしたかったのだと素直に言うと、その契約を電話口で受けてくれた。

ただし、契約のあとさらなる手続きを2週間後くらいにしなければならず、これには会員ページへのログインが必須となる。

スタッフの方はもう一度丁寧に「たぶんそのうちなおると思います」と言った。「ですよね」と私も言って、言いながら、なにか私がやはり間違えているのではないかという気持ちになっていた。

翌朝、起きて会社の仕事を始める前にログインしようとしてだめだった。

チャットでログインについて相談できるポップアップが出現して、ダメ元で相談してみたら、結果的に昨日のコールセンターを案内された。

2週間後には確実に会員ページにログインして手続きをしなければならないのだ。

このままだとできない。「そのうちなおる」の「そのうち」が2週間後でなければ、つまり私は、コールセンターでごねなければならないということだろう。しかも、私が操作の何かを間違えている可能性もまだ捨てきれない。

なにがどうなっているのかが分からない、自分が悪いのかもしれない、でもどうも下手をするとごねなければならない。なんだかものすごく面倒だ。

怖いなと思った。

先が見えない面倒を「怖い」と感じるものなんだな。

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感動に宿った確かなうるささ

娘が「今日の合奏、うるさいよ、うるさいからびっくりすると思う」と警告するように言った。

学校で音楽発表会がある。コロナ禍で大勢の保護者が集めにくいとあり、通常全校で行う行事だが今年は学年ごとに分けて開催されている。娘の出る5年生の部が今日行われる。

「え、うるさいわけないでしょう」言って、「じゃあ、あとで行くからね」と娘を送った。

ひとつの家からは保護者が2人まで参加できることになっていて、子らの父は普段山にこもって暮らしていて近場にいないため、私の実家から母が応援にかけつけてくれた。

やあやあ楽しみねと母は言い、うん楽しみだね、こういうのがやっぱりあるとね良いのよね、コロナでなくなっちゃってたもんねなどと言いながら野外の寒さを確かめ身を縮め学校へ向かった。

演目は合唱と合奏の2曲で、ものの10分程度で終わる会ということが事前のプログラムで知らされている。とにかく大勢を長時間ひとところに止めておかないようにしようという気持ちが強い。

体育館は2階の窓が全開になっていて「寒いですがどうかご辛抱ください」ということだった。保護者たちはみんな承知でもこもこの厚着で集まっている。

並んだ子らの代表が立派に自分のことばで挨拶をして、私などはもう泣いた。マスク着用でも全員が歌っていることがちゃんと分かるものだなあと発見があった合唱が終わり、続いて合奏が始まった。

曲は「パイレーツ・オブ・カリビアン」の、あのテーマ曲である。

はじまったと同時に、あ! と思った。

うるさいぞ!

この気持はなんだろう、「うるさい」という言葉にはネガティブな意味がある。大きな音がしてやかましく不快だという意味だ。

でもそうじゃなくて、不快など微塵も感じず、むしろ感動のなかに、事前に「うるさいよ」と聞かされていたことにより宿った確かなうるささがあったのだ。

仕上がった演奏には子どもたちの練習の努力が現れていた、真剣な表情に集まった人たちに楽しんでもらいたいという気持ちがこもっている、単純に今もちうる力をここで全発揮しようという素直な気概も伝わる。

それとともに体育館に満ちり鳴るジャンジャカジャンジャカでかい音。

なるほど、これは確かにうるさい。声を出さず満面で笑った。

ネガティブな意味の言葉がしっかりとした信頼関係で両者申し合わせの上でポジティブに転じるということがある。申し合わせがゆるいとネガティブなままになるから絶対的に注意が必要だけど、「ばかだなあ」とか「あほか」とか。

「うるさい」にもそれがある。

子どものころ、妹とふたりで話すがなんだかお互いに話が聞き取りづらいなということがあった。かまわず話をしていたのだけど、ふと、後ろで弟が延々、トランペットのまねをしているのに気づいたのだ。

「うるさいよ」妹とふたりで言ったあと、弟も入れて全員めちゃくちゃつぼにはまって笑ったことがあった。

あの弟のうるささは「なんなん!?」という種の笑えるうるささで、合奏のうるささとはちょっと似ていてちょっと違う。体育館にはただ純粋に「音がでかい」という意味だけの「うるさい」が愛しさみたいなものとからんで出力されていた。

娘はアコーディオンの担当で、あのブカブカさせるやつをうねるように操作し、キーをなめらかに叩いていた。弾いてる真似をしてるんじゃない、ちゃんと弾いている、弾けていることにも感心した。というのも、私は小学校時代、勉強とか練習とかをすべてスルーする傾向にあり、合奏などはおおむねフリで押し通していたのだ(そして後で音楽の授業で行われる個別演奏の試験でばれた)。

終えて退出する保護者の波のなかで、上手だったわねえ、みんな立派だねえと感動しきりの母に、娘から「今日の合奏、うるさいよ」と言われた話をすると母も「確かにうるさいと言われればうるさかった、率直な表現するね」とめちゃくちゃウケていた。

帰って時間差で帰宅した娘に「言われたとおりだ、めっちゃうるさかったわ」と言うと「でしょう!」と嬉しそうだ。

楽譜を見せてくれて、特にここがうるさいんだよねなどと教えてくれ、ああそうそう、そこうるさかったと確かめ合った。

それから発表会成功のお祝いにコージーコーナーにモンブランを買いに行った。

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変だと思った俺やお母さんの目が未熟だったのかもしれない

息子が防水の靴が欲しいと言うのでネット検索して見せ、気に入るものを店頭受け取りで予約した。真白いスリッポン型のゴム靴で安い。

店は自宅からやや遠く、ある日の学校帰りに息子は受け取りに行った。

しばらく履いて、履き心地は運動靴のようですばらしいがちょっと白すぎると言い出した。確かに履くのは雨の日で、はねた泥が付くと汚れが目立つ。

それで休みの日、以前工作に使ったゴムに塗れる黒のスプレーの余りがあったからそれで塗ってみようと、マスキングテープで謎の模様も仕込んで取り掛かったが、右側を塗り終えたところでスプレーが切れた。左を塗るのに新しいスプレーを、隣町のホームセンターに行って買ってくるという。

あれこれを面倒がらないことに感心し送り出す。しばらくして帰ってきた息子が持ち帰ったのは万年筆と「自転車置場」のプレートだった。

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ホームセンターが改装閉店で全品なんでも3割引のセールになっていたらしい。

ほかにも、このコロナ禍でひろまった、スーパーやなんかでレジに間隔を開けて人を並ばせるのに貼る立ち位置のシールも買って丁寧に部屋の床に貼った。万年筆も一度使ってみたかったのだといって満足そうだ。

肝心のスプレーは全色すっかり売り切れていたというから、Amazonででかいのを別途買ってやった。

それから私は夕飯の買い物に行って、帰ると息子は買った万年筆で裏紙に絵や字を書いていた。朝から着ているパーカーにインク染みがぼつぼつ飛んでいる。

指摘すると「ああっ!」と、どうも飛び散った瞬間から今まで気づかないままでいたらしい。

息子の気に入りのパーカーは白い。

父親と街に映画を見に行ったときに見つけてねだって買ってもらったオーバーサイズのしゃれたので、先日はカレーうどんを食べるのにこのパーカーを汚さないようにと前掛けをして食べていたのに。

食べ物の汁が服に飛び散るのは経験上分かっていて気をつけたが、文房具から墨が飛ぶのは思いもよらなかったんだろう。

「ああ~~」と息子は頭をかかえ、私はネットで「インク染み 落とす」などで検索したが、息子は「ああ~~」の姿勢でしばらく止まってからスッと立った。

これも染めよう。

翌日スプレーが届き靴は真っ黒に染まった。右の足はマスキングテープで模様を入れたが、左に模様を入れるのを忘れてしまったそうで、結局両足全面黒く塗っていた。

パーカーも、インクの染みが付いたところを黒い四角形を描くようにマスキングし迷いなく染めていく。

半日ほど乾かしたあと、マスキングをはずして染め上がりを広げる。眺めた。デザインとしては普通に変だが、「これを引き受けいましめとし生きていく」と袖を通した。

それが1ヵ月前の話で、以来息子は黒い雨靴と変な模様のパーカーで平気であちこち出かけていく。そのうち慣れて格好良く見えるようになってきた。

「そのパーカーの柄、見慣れたね」と声をかけると「慣れたんじゃなくて、もしかして最初からこれは格好良く仕上がっていたんじゃないかと思うんだ」と言う。

「変だと思った俺やお母さんの目が未熟だったのかもしれない」

もしかしたらそうかもしれないと思った。

自転車置場のプレートはふざけて学校の部室の前に貼ったところ、自転車が停まるようになったそうだ。

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ものが水に溶けるとはどのようになることか

娘の通う小学校はコロナ禍でも配慮して保護者を校内に招き、子どもたちの様子を校外に伝えようと努力し続けてくれている。

ある数日間が指定され、その間はいつ行っても関係者が自由に校内を見て回ることができる「学校公開」は、入校可能時間を枠で分けて参加希望者を分散させ校内が密にならないようにすることや給食の時間は非公開とすることで(逆にそれまで給食の様子を見学できたのがすごい。うらやましそうに見守る保護者と誇らしげに食べる子どもたちがいた)緊急事態宣言期間を避けて着々と開催され続けた。

先日も開催されて、娘の受ける理科の授業を見学させてもらった。これがすごくおもしろかった。

私は子どもの頃の記憶が薄い方で、特に学校の授業はおおむねぼんやり受けていたからいよいよ覚えがない。過去を思い出して懐かしむ感覚じゃなく、ただ新鮮に鮮烈に初等教育が中年の身にみなぎった。

内容は「ものの溶け方」。

最初に先生が黒板に大きく「ものが水に溶けるとはどのようになることか」と書いた。板書してねと言われていっせいにノートをとる子どもたち。

それから、理科室に並ぶ小島型の机ひとつひとつに、3つのビーカーと3種類の粉が配られる。

班ごとにビーカーに水をくんで、ひとつずつ、粉を入れてマドラーでよく混ぜて観察する。

1つ目の粉はすぐに水に消えて透明になった。2つ目の粉も混ざって水が白濁した。3つ目の粉は茶色い色が付いていて、なかなか混ざらないのだけどしばらく混ぜると透明の茶色い液体になった。

ここで、先生が子どもたちに、それぞれの水に入れた粉は溶けたかどうかを挙手で聞く。

1つ目は全員が「溶けた」に手を上げた。2つ目はちょうど半分が「溶けた」に、もう半分が「溶けていない」に手を上げた(娘は「溶けた」に、青天を衝く勢いで挙手していて、その細く高い手のキレに笑ってしまった)。3つめはまた全員が「溶けた」に手を上げた。

先生は、1つ目と3つ目はみなさんが言うとおり、溶けましたね、という。

じゃあ2つ目はどうでしょう。「溶けた」と思う人の意見を聞かせてください。すると数人の生徒がよろよろ前に出てきて「混ざったので溶けたと思う」「にごった水になったから溶けた」と発表して、拍手。

続いて「溶けなかった」と思う人も意見を聞かせてください。また数人の生徒がよろよろ出てくる。申し遅れたが娘は小学5年生で、これくらいの時期の子は急に背が伸びて伸びた背をどうしていいかわからないのかなんだかみんな胴体が全体的に左右によろよろする。

「溶けなかった」派は「にごっているのは溶けているのではないと思う」「放っておいたら底に溜まった。溶けていない」等々述べて拍手をもらってまた席に戻った。

先生は、うんうん、とうなずいて、「ここで正解を発表します」とおっしゃった。

私は、おやと思った。「正解」? 確かに学問には解があろうが、子どもたちはいま実験をして観察して体験から言葉を取り出した。それを「正解」「不正解」で両断して良いものだろうかと、心にいちゃもんが付いたのだ。

すると先生は「理科的な『正解』ね」と付け足された。うおっ、漏れ出なかったはずの心の声が聞こえてしまったかのようだ。でもきっと、私のように思う子どもが脈々といた、ということだろう。

「理科的には、2つ目の粉は、溶けません」

おお~とざわつく子どもたち。「ここで、最初にノートに書いた言葉を見てくださいね」。言いながら、先生は黒板にも書いたその文字をさす。

「ものが水に溶けるとはどのようになることか」

ああ! そうか。これは「ものが水に溶けるとはどのようになることか」を学ぶ授業だった。「ものを水に混ぜて観察する」授業ではないのだ。

私は「え~、混ざってるんだから、2番めの粉も溶けるって言い表してもいいんじゃないっすかねえ」と、実験を見学してそう思った。

でもこれは「ものが水に溶けるとはどのようになることか」をみんなで目撃して、「このようになることが、ものが水に溶けるということだ」と握り合う。認識を確認し合う授業なんだ。

「ものが水に溶けるっていうのは、その姿が水の中に見えなくなることを言います。2番目の粉は、まぜても濁る、濁っているということは粉がまだ目に見えているということ。沈むのも溶けなかったということです」先生の言うことが全部素直に身にしみる。

理科だけど国語みたいな、これを見てなんて呼ぶことにする? と相談するみたいな授業で、小学校の勉強ってこういうことだったのか。

ちなみに2番目の粉は「片栗粉です」とのこと。1番目の粉は砂糖。3番目の粉はインスタントコーヒーを砕いて砂糖を混ぜたもの。

あ~、片栗粉、そういえば混ぜてもぜんぜん溶けない。ありゃ溶けない、溶けてないわ、人間生活から見ても、確かにぜんっぜん溶けない。やたらに実感もした。

 

新刊が出ます!よろしくおねがいいたします~~っ。

11/23(火・祝) 文学フリマ東京 ナ02
12/31(金)コミックマーケット99 西 く 40a

ちょっと踊ったりすぐにかけだす
まばたきをする体 2020.8~2021.4
古賀及子
A5版・178ページ
装幀:奥山史歩
組版:麻川針
印刷・製本:あかつき印刷
頒価:1500円

大阪のシカクさん、下北沢の日記屋 月日さん、赤坂の双子のライオン堂さんでも既刊を取り扱っていただいております~。

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古賀及子(こがちかこ)・まばたきをする体とは
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なにがあっても日々が続くのすごくない? 日記のほん「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」が出ます

まいにち更新の日記ブログ「まばたきをする体」から7冊目で最後のほん「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」が出ます。

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イベント出展予定はこちら……!

書店さんでの販売と通販はこちら……!

ブログは古賀及子が中学生の息子と小学生の娘との3人暮らしの様子を日々かいって(書いて)は投げ、かいっては投げしておりましたが、2021年の4月にまいにち更新を終了しました。

最終巻は2020年8月から2021年4月に更新した全日記から、ご好評をいただいた回のよりぬき71本と、プラス書き下ろしの1本をあとがき代わりに収録しました。

なんと……11万文字あります。

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11万字は、ここ数巻ずっとすてきな組版で一緒に本作りをしてくださっているデザイナーの麻川針さん(これまでの本では山階基さんの名義)が。これまでの倍以上の大量の文字たちを、猛獣使いのようにきれいに並べてくださいました。心がこもっているのが伝わって本当にありがたいです。

A5版で178ページあるんです。これは大変だ。

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表紙はデイリーポータルZでずっとおせわになっている奥山史歩さん。かわいいでしょう。波線は私の心拍数をあらわしているとのことです。コンセプト~~っ!

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最終巻ということで、パ~っとやりたいね~! という気持ちで、同人誌にもかかわらず生意気に帯文もいただきました。

母子で大ファンの漫画家でイラストレーターの石山さやかさんは、私が日記の本をいちばん最初に作って売ったその日に買ってくださった方でもあります。一緒に仕事もしている、いまや超売れっ子のライターのスズキナオさんは本を買って書評まで書いてくれた方。安心の布陣です。

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さらに! 前号「ごめん、あれやっぱパンだった」の表紙がすてきで、イベントでは表紙のかわいさからブログを知らずに買ってくださる方が続出する現象をおこしたイラストレーターの杉山真依子さんに、今回は手売り限定でオマケにつけるステッカーをデザインしていただきました。

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通販や書店販売分には付け切れず申し訳ないのですが、以下イベントでの手売りで「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」を買ってくださった方へお渡しします!

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というわけで、とりまとめましてこんな感じの事態になっております!

ちょっと踊ったりすぐにかけだす
まばたきをする体 2020.8~2021.4
古賀及子
A5版・178ページ
装幀:奥山史歩
組版:麻川針
印刷・製本:あかつき印刷
頒価:1500円

イベントには既刊ももりもり持っていきます! 既刊が増えすぎたのでいよいよ私も「コンパクトひな壇」を買いましたわい……。

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↑こちら、完売したとほうぼうへお伝えしていたのですが在庫が出てきました……。(売り切れました! 書店さん委託分がもしかしたら残っているかもです……)

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最後に、ずらずらと、新刊収録の日記のもくじを並べておきますです。

本でお会いできたらうれしいです~~!

●もくじ

純粋なから揚げの行列
やることがなくて優雅
きっと一生なおらない
体はコンビニに入って行った
送り迎えのことばかり考えていた
気球の絵……気球の絵だ!
ふたりで絶対に半分つ
あらかじめまちがえている
もしフィクションで描かれてなかったらどう思ったろう
夜中に目を覚ましたいからもう寝る
消費はむずかしい
10年前のことをねぎらわれたかのよう
チャーハンに気持ちの集中がそそがれた
いつも自分を気分よくしている
元服である
みんな歯を投げているらしい
ナンから煙が出ているぞ
やることは特にないのです
心を揺さぶらない映画を見きわめる
塩で召し上がるのは後ろめたい
裸のままのiPhone
返金額は100円
ちょっと踊ったりすぐにかけだす
血管が動くのを見あう
事情を誰かに話すときはいつも自信がない
みんな本当に人だ
封筒にゴミを入れたら届いてしまう
つつみかくさない自意識
冷えた生卵を持ち続けて手がつめたい
誰かが重いな
その血と肉を見せてみよ
意識の私を無意識が急に起こす
赤や緑や青が次々に色を変え光っている
テトリスでこんなに遊んでしまう
真逆の「屋」が来てしまったな
知ってるやつ以外全部うそみたい
サンタが誰かを知っている人にも来る
全身に力を込めて体をぶるぶるふるさせるから見てて
意外な思春期の来かたをしている
スーコー言わずに飲んでみよ
クーラーがついていた
あとはエアコンだけある
いま一番どうでもいいこと
歯が小さいのだが
私だけが実情を知り不明を実感している、分かっている私が一番分かっていない
刺身に対して薄情だ
30秒は10秒が3個
歯の皮いちまい
腸壁の側を皮膚にする
何も起こらない予感
菓子パンは子にやる
糊を買いに行こうくらいの誘い
世界一の墓
ようこそ世界へ
餃子の数を数えて
とらわれなさが真実をつかんでいる
コロナ時代の買い食い
繰り返しの日々で老いる損
パンデミックが起きたほうの世界線にいるので私は
ピザが食べ足りないのは絶対に嫌だ
本当に家族で楽しいだろうか
午後7時25分、逮捕
らくだだと思っていますか?
世の中たいていのことはうまくいかない、なのに
アルマジロとT字路
ウーバーイーツのみなさんが全部カブの出前だったら
まだまだ地力を出してはいないはずです
あらぶる群衆
さまざまな感情を一度に持たすなよ
ちゃんとしたファンの人が使う言葉
遊んで暮らさず商売を
治る自信のある肋骨(書き下ろし)

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ねずみを避けたり首をやる

このあいだ、家にねずみが出た。

古い家に住んで、もう何年もネズミが梁まで侵入しているのは足音で気づいていたのだけど、ハーブの忌避剤を置けばいなくなるから放ったままで、それで先日ついに納戸まできた。

納戸じゅうにフンが散乱し、私なんかは本当にありがたいことに苦労知らずで、生きていたら生きていけたみたいにやってきたからこれにはまったくパニックだ。大騒ぎして忌避剤の煙を炊いて殺鼠剤を撒いてそれから掃除して除菌して、納戸にもぐれば壁に穴が空いている。

ガムテープでふさぎながら、なるほど穴があるからねずみは入ってくるのだなと知った。

そりゃそうだろうということだって、結局、こうして身を持って知らされるまでぼんやり者には分かり得ないことで、でも私には勤勉なところもあるので翌日さっそく、梁まで侵入可能な穴を探した。

すぐにベランダの壁を捜索して、配管を室内に引き込む部分、管の周りに隙間ができていた。これさえふさげば忌避剤の煙を炊いたり殺鼠剤をまいたりせずともよかったんだ。

梁をかけるねずみは何年ものあいだ、多分ここから入ってきたんだろう。管の保護のために巻かれたクッションにかじられた跡があった。

とにかく穴を塞げば良いのだろうが、さて何を使えばいいんだろうか。雨風のある野外の穴だからガムテープじゃだめだろうな、すると木板か、パテのようなものか、思い馳せつつホームセンターへ行って「ゴリラ」を買った。

そういう名前のダクトテープで、工事の圧倒的初心者である私が一番楽に使えそうなものに見えた。

ダクトテープはアメリカでは何でも直す魔法の資材として尊ばれていると、会社で聡明な上司に聞いたことがある。ガムテープじゃだめな場合もダクトテープならいけるだろうみたいな気持ちが、話を聞いて以来私のなかで育ってここまでやってきた。いまこそその、ダクトテープを買うときだと、運命のような、めぐりめぐる邂逅のようなものを感じる。人生はこうしてきらめく。

ゴリラの絵が書いてある。この店で売られている他のどのダクトテープよりも強いんだろうという予感があった。

帰ってべりべりべりっと引っ張り出してみるとテープは布テープよりもずっと分厚く、粘着面にしっかりと張り付く気概を感じそして少し伸縮性がある。ゴリラのことはよく知らないが、なんとなくゴリラ性のようなものは確かに感じた。穴のまわりにしつこく貼った。

以来、今までねずみは来ない。

ただ、いつ何時また、という備えは忘れてはいけないだろう。ねずみの存在をすっかり忘れる、それがすなわち新たなるねずみをよぶことになるのです、ですから、忘れず備えましょう。そういう精神的な、信仰的な理由から、納戸や流しの下などに、ゲル状のねずみの忌避剤は置いたままにした。

それからずいぶん経った。平和だった。ある日、晩に米を炊くが、炊きあがるなりくさい。

「なにこれ、なんか、へんなにおいがする」

しゃもじでほぐして茶碗に分けながら言うと配膳にやってきた息子もかいだ。「え? あ、本当だ、くさいね」炊飯器にかけたのは息子なので心当たりがないか聞くが、いつもどおり普通に炊いただけだという。

お釜からも、盛った茶碗からも、保存用にタッパー的な物に入れたのも全部、なにかこう、洗剤のようなにおいがした。

「昨日米が切れて、さっき新しい米を開けたんだよね」と息子が思い当たって、生米をかいで「あっ、炊いたときは無意識だったらから気づかなかったけど、これ、お米がくさいんだわ」と言った。

……ねずみだ!

あちこちに置いたままにした ねずみの忌避剤は、においでねずみを避けるタイプのもので強くハーブのかおりがする。米は2袋買ってすぐ食べないほうを忌避剤を入れたままの納戸に保管してしまった。忌避剤のにおいが、うつったんだ。

米にはにおいがつきやすい。知っていたような気もするし、元来の無知からずっと知らなかった気もした。ただ現実として、完全にうっかりで米と忌避剤を一緒に保管してしまった。

ご飯を一口食べると、口のなかが全力でねずみを避けた。飲み込めば喉もねずみを避ける。体の中で効きまくっている。ねずみに関しては穴を塞ぐことで最終的に防いだが、忌避剤にもまた強烈なねずみよけの効果があるのだと消化器官からいま感じている。

いたたまれない残念な気持ちながらも、でもへらへら笑って「美食の家じゃなくてよかったねえ、この家の人達だからこれでも食べられるものを」などと私は言って、息子も「まったくだ~」とこたえて食卓についたのだけど、一口、もう一口たべたて「これは……食べられないな……」と判断した。

ねずみを避けるにおいが、口から入って耳と目からもぬけていき、聞こえる音がスースーするし目玉はなぜか冷えた。忌避の威力は脳にまで達する感覚がありこれは危険だと思った。

「……諦めよう」と子らに伝えて、娘も賛成し、息子はいやもう少し食べてみると言うのだけど、まさか健康被害があっても怖い。

炊けたご飯を捨てる、こんなにつらく申し訳ないことはない。手を合わせながらビニールに炊いた米を全部つめ、せめてもの気持ちでさらにビニールを三重にした。

残った生米はどうしたらいいか。検索して対応策を探ると、よく洗う、備長炭と一緒にしばらく保管する、濃い味付けで炊くなどあれこれ対処法が出てきた。試しに洗ってみたが、においは取れない。かなり強くついてしまっているようだった。

諦めることにした。スピリチュアル的な意味合いで置いていた忌避剤で、むしろ信仰の圧倒的対象である米をだめにしてしまうとは生きるのが下手すぎる。

捨てようと思うと子どもたちに発表して、米にはにおいがつく、このことをけっして、けっして一生忘れないようにしよう、このようなことはこれきりだと言い合った。子らは私より余す寿命が長い。今日のこの反省を絶対に後世に伝えてほしい。

息子が米の袋を見て「お米はにおいがつきやすいので一緒に保管するものにお気をつけくださいって書いてある」と言った。私のような者のことを心配して書いてくれただろう人がいて、また申し訳ない。

翌日、とぼとぼ米を買いに出、背負って帰った。早めに学校から戻った息子に晩に備えて炊飯を頼むとパッケージをよく読んで、この袋にも「においには気をつけてください」って書いてあると教えてくれた。

それから、計量カップどこ? と聞かれ、え……?

しばらく黙って、今朝処分したお米の袋に入れっぱなしだったのに気づく。すごいな!!!!! ねずみを避けるということの余波で、米の計量カップまでも失うのか。

計量カップはかつて買った覚えなど一切なく気がついたらうちで使っていたもので、だから多分実家にあったとか、そういうやつだろう。2、30年は使っていたんじゃないか。壊れるようなものでもないし、こんなことさえなければおそらく一生私は使い続けたと思う。

「大事件だ」私は言った。「これは、大事件だよ」

息子は1合の重さを検索し、慎重にはかりで測っていた。

それから、毎朝飲んでいる青汁を買っているECサイトがシングルデーで全品割引のセールをやっているとTwitterで知る。

青汁はちょうど先日、セールになる直前に正価で3ヶ月分買ってしまっていた。だって、前回飲みきってから買おうとしたら、売り切れていたから。今度はちゃんと、飲み切る前にぬかりなくしっかり売り切れる前に買おうと思って。

よかれと思い急いだ買い物でセールを逃す。重ね重ねの愕然をまた重ねているところに娘が帰り「なんか首ねじったみたいでめちゃ痛い」と言った。おうおう~~。

ねずみを避た結果、米をだめにし計量カップが失われ、その上セールを逃して買い物をしたことに気づいたかと思ったら娘が負傷。

お菓子をたくさん買うと、その直後に親戚や友人やご近所から不思議とお菓子をいただいて、一気に家がお菓子だらけになる、嬉しい悲鳴があがることがある。ちょっとずつならすようにやってきてくれれば嬉しさが続くのにと思う。なんだこれ、と思うことも、同じようにいっぺんにやってきて、小さい個人の中が大騒ぎになる。

娘を整形外科に連れて行く。レントゲンを撮ってもらい、骨折や脱臼はなく安静にしていれば治るだろうと言われて、計量カップを失うくらいのことが起きているだけにまさか何か困った怪我ではと案じたが良かった。

娘は診察室から首に分厚いサポーターを巻いた状態で待合へ登場した。しばらくこれで暮らすのだそうだ。

おお、首をやった人だ。娘が、首をやった人になった。正統のイメージの上では「首をやった人」のサポーターは白やクリーム色だけど、娘が実際に巻いているのは水色で、こういうところがイメージと現実では違うんだよなと現実の側に感心した。

娘は「これ付けてるとぜんぜん痛くない」と嬉しそうだった。そういえば、首をやった人がなんであれを付けているのか、想像したことがなかった。

帰ってみんなで晩ごはんを食べた。炊けた米はとても美味しかった。

 

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