まばたきをする体

視線を合わせることをおそれない

箸で食パンにはちみつをていねいに塗り広げていた息子が、少し余りそうだから受け止めて、と食パンを斜めにした。私は息子の食パンの下に自分の食パンを差し出し押し流されたはちみつを受け止めた。

子どもたちは学校へ行き、私も仕事。仕事をしている最中に息子の塾の先生からメールが来て「息子さんは心を入れ替えて勉強せねばなりません」と書いてあった。

そうか……。

「心を入れ替える」という慣用句の存在はもちろん知っていたが、ここまでしっかりと言葉として受け止めたのははじめてかもしれない。新鮮だった。しかしあの人に心が入れ替えられるだろうか。不安だ。

終えて帰り際に皮膚科に寄った。たまにアレルギーで皮膚がかゆくなるので薬をもらいに行くのだ。診察を終えて会計を待っていると、私の前に会計をしていたおばあさんがちいさな声で

「……りきさんねこれ」といっている。受付の方が「?」とおばあさんの顔を見るもういちど「ごうりきさんなのね」といった。

受付に、タレントの剛力彩芽のポップがはってある。薬の広告らしい。

「ああ、そうですね、剛力さんですね」と受付の方。私も見て、剛力さんだな、と思った。

「別れちゃったのよね、早かったね」おばあさんはそういって帰っていった。

自宅に着くと娘も帰って来て、連れ立って買い物にでかけた。ミートソースのスパゲティを作る材料と、娘が学校に持っていく歯ブラシの毛がぼさぼさで替えたいというので買った。

レジの列に並んでいると、前で会計をすませた親子連れの女の子がじっと娘を見ている。娘もじっと見返していた。多分視線は数秒合いっぱなしだった。

お友達? 知っている子? と聞くと、知らない子、だそうだ。

子どもは視線を合わせることをおそれない。

帰ってスパゲティを食べていると息子も帰ってきた。心を入れ替えて勉強するようにと先生からメールが来たよと伝えると、そうだな! と元気いっぱい答えていた。

それからさっき読んでた本に出てきたんだけど「ふがいない」ってどういう状態? というのでどう説明していいか迷った末あとで辞書を引くことを前提に小芝居をしてみせた。

「おれがふがいないせいで、本当にみんなごめんな、全部、全部おれのせいだ」
「そんなことないわよ! あなたはよくやったわ!」
「そうだ! お前は悪くねえよ!」
「いや、おれだ、おれのふがいなさが村をこんなことにしちまったんだ」

息子は、よくわかったと言った。それから、この村になにがあったのかすこし話あった。

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11/24(日)文学フリマ東京に「まばたきをする体」で出展します(ト‐37)。日記の本を持っていきます。文フリ後にBOOTHでも通販します
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古賀及子(こがちかこ)・まばたきをする体とは
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