まばたきをする体

まざる事実と向き合い識別せんとする態度

パンがなくなり、餅がなくなり、ご飯を食べる。

ご飯はそれはそれはすばらしい存在だが、朝食としてパンや餅はとても便利で、あと甘くして食べられるのが子どもたちの人気をさらっているため我が家では優遇している。それで「パンや餅がないから仕方なくご飯を食べる」という状態になる。

つまり

「パンがなければご飯を食べればいいじゃない」「そっすね」

という事態だ。考えてみたらとんでもなく贅沢なことだ。

娘が学校へ行き、息子も学校へ行き、私も仕事へ。

駅に蛇の柄のスカートをはいた女性がいた。

仕事を終えて帰宅するとちょうど息子も帰ってきたところだった。

私が台所で夕飯の支度をしてもなかなか居間に姿を現さないので探すと、玄関にうずくまっている。

玄関でランドセルを片づけようとしたところで友達に借りた本を見つけ読みだして身動きが取れなくなっていたようだ。

息子にとって、本やマンガは罠だ。

仕掛けておくとまんまとかかってその場で動かなくなる。

娘を英語学童に迎えに行った。この英語学童は国籍問わず日本語と英語のできるバイリンガルの先生と、母国語が英語で日本語は少しできる先生が子どもを世話して、そのほかに日本人の運営者がいる。

絶妙だなと思うのは送迎時に ”英語のできない親は英語をしゃべらなくてもいいようになっている” ところだ。

先生たちは子どもにはかたくなに英語でしゃべるが、親にはバイリンガルの先生や運営の方が日本語で話しかける。

おそらくそこがこのビジネスがうまくいっている秘訣のひとつではとにらんでいる。親としてすこし情けなく後ろめたくもある。

帰り際、娘にケーキを買いに行こうといった。

昨日むすめの絵が表彰されたおいわいにケーキを食べようとはなしていたが忘れてコンビニでアイスを買うにとどまったのだ。

遠回りをしてケーキ屋に寄った。駅に近いチェーンの洋菓子屋でよく混んでいた。たまにしかいかない店だが、人がたくさん住んでいる街ならたまに行く人もたくさんいるわけで、もちろんしょっちゅう行く人も別途いて、混むものなのだよな。

娘はブルーベリーのケーキを選んだ。私はシュークリーム、むすこには抹茶のケーキを買った。

買えたね、買えたね、やっと今晩お祝いできるね、とのんびり帰っていく途中で、娘が、そういえば今日はいちにち喉が痛かったんだ、つばを飲むと痛い。といった。

すわ

家に帰ってうがい薬でうがいをさせ、はちみつののど飴をなめさせていると娘は「眠い」と横になった。

微熱があった。軽めに夕食を食べさせて寝かせた。

子供の体調不良はいつもカジュアルに突然やってくる。

ケーキは明日の朝食べよう。

息子が、俺も熱をはかろう! よし! 平熱だ! と元気に言っていて頼もしかった。

娘が寝付いて夜がふけ息子と、カーリー・レイ・ジェプセンテイラー・スウィフトの曲がまざる件について話し合う。

まざるということと向き合い、まざらないように識別せんという態度をとるのが大切なのではと結論した。

両者の代表曲を交互に聞いていくうち、だんだん片方の曲を聴きながらもう片方の曲をハミングできるようになってきた。

まざるまざると言い続けてじゃれる楽しみもあるが、まざらなくなるのは学習したなという手ごたえがある。





--------------
デイリーポータルZの記事一
Twitter @eatmorecakes
Instagram @eatmorecakes