まばたきをする体

概念としてのミッキー

12/26
 
実家でご飯をもらったときに帰り際、母が防寒のためにくれたマスク、通常鼻にあたる部分についているような針金が中央部にもついている。
 
口のあたりを立体的にできるのですごく良い。
 
私はなにかにつけて最安のものを選び買うのだが、質をもとめるとこういう商品が手にできるのだなと思った。
 
自宅で作業して昼に撮影、帰ってまた自宅で仕事。終わらないかのように見えるがやれば確実に終わる類の仕事を終わらせた。
 
子どもたちが書初めのための単発の書道教室から帰ってきたのでご飯。
 
おわって冬休みの宿題の「いじめをなくすための行動について家のひとと話す」というのをやっつけるべく森のなかまの会議みたいな感じで3人集まった。
 
私は小学校3年生と中学校2年生のときにいじめにあったのだが、最中にそれが「いじめ」だと自分でわからず自然消滅するまで終わらせられなかったという悔しみがある。
 
思った以上にわかりにくいところにある「いじめ」に気づいて(ここがむつかしいところなんだと思うが…)、行動に名前をつけてやることがだいじなんじゃないかと話した。
 
息子には刺さったようでメモに
 
「いじめだと気付き知らせることがだいじ」
 
と書いていた。
 
娘はピンとこないようだがさみしそうだったので手をにぎってやった。私がいじめられていたことを話したのは刺激が強かっただろうか、悪かった。しばらくして元気になって「はい!」と手をあげたので「どうぞ!」と発言を許可した。会議だからな。
 
そして今日もスーパーポンポンメーカーで遊ぶ。
 
追加でクラフトハサミを買った。遊べば遊ぶほど、これはハサミが大事な遊びだ。
 
娘は黒い毛糸と赤い毛糸を半分ずつ使ってポンポンを作っているので何かと聞いたら「ミッキー」とのことだった。
 
しばらくして概念としてのミッキーみたいなものができあがった。
 

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