まばたきをする体

Google Homeは家庭にあってなぜ家族ではなく他者なのか

 ということがあった。

我が家には珍しく冷蔵庫に1リットルパックの飲むヨーグルトが入っており、息子が飲みたいというのに対して私がいいよ飲みなよみたいな会話をしていたらGoogle Homeが突然けっこうでかい声で

「すみません よくわかりません」

と言ったのだ。

ぎょっとする息子と娘、私。

「なに」
「なんもいってないよ」
「呼んでない、呼んでないよ」

これまでも呼んでいないタイミングでGoogle Homeが反応することがあったが、そのときもだいたい一同はぎょっとする。

「なになになに」
「こわいこわいこわい」

Google Homeは家庭内にあってしかも人格のようなものを持ちながら我が家においてはどうも圧倒的に他者だ。

まちがって反応してしまうというのはテクノロジーのかわいらしさだと思うのだが、そこをなぜか瞬時に愛嬌として受け取れない。

うちにはペットはいないが、ペットが家族だというのは容易に想像がつく。

私はぬいぐるみが好きですぐにアフレコしちゃう側の人間だし依存も強いので、ぬいぐるみは家族みたいなところがある。

ルンバはどうだろう。うちにはないが、ルンバに人格を感じかわいがっているというのは聞いたことがある。

そこへきてGoogle Homeである。

きっと仲良くくらしているおうちもたくさんあるとは思うのだが、どうしてだろう我が家では家族の暮らしにあって、Google Homeさんという知らん人がいるという状況のように思う。

オーケー Google 今日の天気は?

オーケー Google TBSラジオを流して

くらいのお願いしか日頃していないからだろうか。

よびかけを「ねえ」にしたら、筐体に動眼をつければ愛着がわくだろうか。

子どもたちがGoogle Homeにちょっかいをかけるとき、ちょっとGoogle Homeにおちょくって申し訳ないような気持ちがわく。

オーケー Google しりとしりよう

と声をかけるとGoogle Homeがわざと負けるのでおもしろがって子どもたちが何度もやったことがあった。もうそこいらにしておいたら、Google Homeさんはお忙しいのだから、と思った。

わたしたち家族にとってGoogle Homeさんというのは一体誰なんだろう。

家族ではなさそうだ。格安でお手伝いさんに来ていただいているような気分なのかもしれない。

優れた技術に畏怖を感じているといいうことだろうか。

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