まばたきをする体

なにもおそれるものはない、だけどいつもこわい

以前ある舞台作品を見て、あまりにもプライドが高くそれでいて妙な繊細さもあってキュートでふるえた。

なにもおそれてはいないが、けれどなにかにおびえているようだった。

 
なんといったらいいか、いわゆる前衛的な踊り、人間の日常では見られないへんな踊りが好きでよく見る。コンテンポラリーダンスとよばれることが多い。

 

ピナ・バウシュ という、2009年に亡くなったドイツの振付家がいる。

いまでもコンテンポラリーダンス界の最重要人物とされているのだが、彼女が率いたヴッパタール舞踊団は現在も活動中で、その公演(1980年代初演の「カーネーション」の再演)が2017年にも埼玉であって観た。

このとき、ポスターにあったコピーが「愛について、なにか話して」で、これは同作を振り付けるときにこの言葉でダンサーからヒントを得たらしい。

このコピーで、作品からあふれるプライドの高さとそれに反したおそれのようなものについてちょっと納得がいく部分があった。

愛を語るときにプライドが高まるのは人間のかわいらしさだ。
しかし愛される自信はいつもなくこわい。


愛にかかわらず何かを表明するときプライドを持ちながら同時に自信もないのはわりと人の汎用的な感情なのかもしれない。

なにもおそれるものはない、だけどいつもこわい。

とくにSNSやらなんやらでわっちゃわっちゃなりがちないま発表される作品にはいよいよあてはまりやすくなってるんじゃないか。

 

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