まばたきをする体

結婚の起こす時空のゆがみ

長く生きていくなかで「結婚」というのが人間のする契約のなかで一番やばいのではないかという思いが年々強くなっている。

20年前にふられた男性がその後付き合った女性と子連れで歩いているのを偶然みかけたことを先日書いた。彼らは学校のコミュニティで一緒だったひとたちだ。

学校を卒業して以来疎遠になり、私の中では完全に消滅したと思っていたコミュニティだが、彼らはまだともに生きていた。

アトランティス王国が健在すぎる。

このときだけではなく、最近「疎遠になったり解散したあるコミュニティのなかで、しかし結婚したカップルはそのまんま人生を一緒に生きている」ということに改めて驚くことが多い。

学生時代の同級生カップルとか、バイト先でつきあって結婚までいったカップルとか。

あのころつるんでいた懐かしいあいつらのなかで、そのカップルだけはまだリアルに同じ時空を生きているのだ。

コミュニティとは関係なく知り合いがべつの知り合いと結婚するケースも、聞いてすぐ以上に数年後に何かの瞬間まだその2人が一緒に暮らしているという事実にふれたときの驚きの方がでかい。

あいつら結婚したんかという、ハッピーエンドの先の長さたるや。


私は既婚者なので同じことはもちろん自分にも起こっている。

先日ひさしぶりに会った友人は、夫と私が婚前によく遊んでいたコミュニティの関係者だった。彼女は私よりも先に夫とは知り合いで、グループで旅行に行くくらい仲がよかったはずだ。

「だんな元気?」と友人はいう。彼女はおそらく夫とはもう7、8年会っていないのではないか。

しかしその間もずっと私は夫と暮らしているのだ。

やばい。

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